戸締り等をしてから外出する際に、戸締りをちゃんとしていたか、ガスの元栓をしめてきたか、といったことが心配になり、ついもう一回チェックすることがあると思います。それ自体は心配性な人にはよくあることですが、確認の行為を異常なほど行い、生活に支障がでるほどになると、強迫性障害と呼ばれる病気の疑いがあります。
強迫性障害は特定の非合理的な考え方が頭から離れず、決まったやり方に異常なこだわりを見せたり、同じことを何度も確認してしまう疾患です。強迫性障害になる人は全人口の1~2%であるとも考えられており、有名人でも実は強迫性障害だったという人は多数います。
過剰な手洗いや戸締り確認が強迫性障害の典型的な例ですが、強迫性障害でおこることはそれだけではなく、独特な迷信を絶対的なものとしてしまってその迷信に背くことができなくなったり、ごみに価値がないということに確信が持てず、ごみを捨てられないで自宅がごみ屋敷になったりすることもあるなど、その症状は多様です。
また、強迫性障害はうつ病や不安障害、依存症などを併発する人もしばしばいることがわかっています。特にうつ病は強迫性障害を発症した人の3割が併発するともいわれています。
目次
強迫性障害の症状
強迫観念
・非合理的な考えが頭から離れない
・一般的な考えでは汚くない、もうきれいになっていると認識されるものに対して、汚れているという考えを捨てきれない
・行動や数字、物に対して、異常なほどに決まったこだわりを持ち、それに従わないと大変なことになると考える
・ものや自分の恰好が左右対称でないと気が済まない
・5や6といった特定の数字を極めて縁起の悪いものと考え、極端にさける
・戸締りやスイッチを過剰に気にする
・自分が運転した車で人をひいてしまっていたのではないかと何度も不安になる
強迫行為
・非合理的な考えに基づいた行動をしてしまう
・1度の手洗いで手は清潔になっているはずなのに何度も繰り返し手を洗う
・独特のこだわりに沿った行動をとる こだわりから外れてしまったら行動をやり直したりする
・1度確認したはずのことを2度3度と繰り返し確認したりする
・実際には事故を起こしていないのに、自分が車でひいてしまった人がいないかを車を降りて確認する
以上のような症状が強迫性障害では表れます。ただしこれらは一部の例であり、実際の症状は多様です。
他人に理解されがたいこだわりやそれに基づく行動は、誰しもが持ったり行ったりしますので、それがそのまま強迫性障害とされるわけではありません。強迫性障害と診断される目安として、こだわりやそれに基づく行動によって日常生活に支障をきたしたり、こだわりや行動を他人に押し付けて困らせるようになると強迫性障害であると考えられます。
こだわりと行動による日常生活の支障としては、何度も念入りに戸締りを確認しすぎることで外出時はいつも遅刻してしまったり、いろんなものを汚いと認識してしまうことで、そのものに触れることができなくなるというようなことがあげられます。
こだわりを人に押し付ける行為としては、汚れを気にするあまり家族や友人にも過剰な消毒等を強制するというような行動があげられます。
同じ行動を繰り返す心理
しばしば同じ行動を繰り返ししていますが、それは別に好きでやっているわけではありません。やっていても別に楽しくはないのですが、やらないと気が済まなくなっています。そしてさらに、やったとしてもすぐには気が済まず、気が済むまで同じことを繰り返します。一度や二度では気が済まず、何時間も同じことをすることもしばしばあります。
こういった強迫行為にはその行動のもととなる強迫観念がありますが、これもまた、本当に心の底から合理的な考えであると本人が信じているわけでもありません。むしろ、多くの人はおかしい考えであると感じていますが、それでも強迫観念は簡単には捨てられません。
こういった要因から、自分でも不合理と思える考えが頭から離れず、その考えに基づいて楽しくもない行動を延々と繰り返すことになります。
必ずしも潔癖症になるわけではない
収集癖、ゴミのため込みもまた、強迫性障害の症状の一つとして見られます。
人は普通、程度の差こそあれど、いらないと判断した物は捨てていくので、あまりにも物が増えすぎることはありません。しかし、一部の強迫性障害の人は、そういった物に対して、いつか使うかもしれない、二度と手に入らないものかもしれないという思いにとらわれ、捨てられずにどんどんため込んでしまいます。
過剰な潔癖症は強迫性障害の代表的な例といえますが、すべての強迫障害がそういった症状をあらわすわけではありません。むしろ、本人がとらわれる強迫観念によっては、家がごみ屋敷といわれる状態になったり、入浴ができなくなったりして、ほかの人から見ると不潔とされるような状態になってしまうこともあります。
ゆがんだ考えが頭から離れないことも
なにか恐ろしいことを自分がしてしまうかもという思いが頭から離れないことで苦しむこともあります。
倒錯的、暴力的な行動を自分がしてしまうのではないかと悩み、恐れることで、そのような行動を実行しないように独特なルールで自分を縛ったり、見るとそのような考えが浮かんでしまうものを避けて生活に支障をきたしたりします。しかし、実際にはそのような考えに従った行動、犯罪を行うことはありません。
恐ろしい考えが頭から離れないということはその人はいくらか恐ろしい人物ではないのかと思われるかもしれませんが、実際には極めて道徳的でそのような行動は絶対に起こすことも、起こしたこともないという人もこのような症状が表れます。
自分の頭の中に浮かぶ考えは、実際のその人の人格を反映したものではなく、実際にそういった行動をとることもない、それなのに自分が恐ろしいことをしてしまうのではないかと心配するようになります。
隠される強迫性障害
強迫性障害は根本にはおなじ問題を抱えていますが、実際の強迫観念や強迫行為は人によって違いがあります。その儀式ともいえる独特の行動はしばしば、周りの人にあまり不審がられないようにすることもできます。
強迫行為が他人の目にとまらないところでするものであったら、その行動を他者が見ることはありませんし、強迫行為はしばしば本人でもおかしいものであるという自覚があるので、自分のおかしい状態を他の人に知られることを避けたくて意図的に隠すこともあります。
このようなことから、本人が隠すため、長年の友人や家族でも強迫性障害であると全く気付かないということもあります。
強迫性障害の原因・治療方法
強迫性障害を発症するはっきりとした原因はわかっていません。ただ、性格、生育歴、ストレスや感染症などが原因であり、その他にも環境や体質、進学や結婚等の人生の大きなイベントなどといった、様々な要因が重なった結果、発症に至るとは言われています。また、脳内の神経伝達物質であるセロトニンがうまく働かなくなることが関係しているとも考えられています。
強迫性障害の治療には、ものの考え方を調整する認知行動療法と、薬物療法が行われます。この両方を併用して行うことで、より効果的な治療が期待できます。
認知行動療法では、不合理な考えに基づいた行動である強迫行為を我慢する訓練などを行っていくことで、最終的には強迫行為をしなくてもいいようにすることや、不合理な考えである強迫観念を解消していくことを目指します。
薬物療法は強迫性障害の症状や、うつの状態になっている精神を安定させるために行われます。治療を始める際にうつの状態が強い場合は、認知行動療法にとりかかることが難しいので、まず薬物療法でいくらか状態を改善してから認知行動療法に取り掛かったりもします。
強迫性障害の認知行動療法
認知行動療法は患者さんの特定のものごとに対してのゆがんだ考え方を調整し、問題を解決していく治療法です。強迫性障害は薬物療法も行われますが、認知行動療法による治療がとても効果的と考えられています。
具体的な治療方法としては、曝露反応妨害法(ばくろはんのうぼうがいほう)と呼ばれる治療がよく行われます。これはERPとも呼ばれ、その名のとおり、曝露と反応妨害を行うものです。
曝露はエクスポージャーとも呼ばれ、自分がストレスや不安を感じることにあえて身をさらし、ストレスや不安の克服を目指すことです。汚れが不安になる人でしたら、本人が汚れていると感じてしまうものに自分から触れていくことが曝露になります。ストレスや不安の原因になっていたものにさらされていくと、そのうち慣れていき、感じる不安やストレスは減っていきます。
反応妨害は儀式妨害とも呼ばれ、不安になるようなことをしたのちに、その不安を解消するために取ってしまう反応を我慢することです。曝露の後に行われます。汚れが不安になる人の場合は、汚れていると認識したものに触ったあとに手洗いを我慢することが、戸締りを気にしすぎる人の場合は、一度確認した戸締りは二度目の確認は行わないことが、それぞれの反応妨害になります。
最初に曝露反応妨害法をした時には不安感が長く続くつらい状態などになりますが、曝露と反応妨害を繰り返し行っていくことで、曝露した際に感じる不安感がどんどん減っていくことが期待できます。
強迫性障害では不安感を感じますが、その不安感の大きさは行動によって変わります。例えば、トイレを使うことで汚染されたという気持ちや不安感が出る人がいたとしても、自宅のトイレと公共のトイレでは公共のトイレの方が大きい不安感を感じたりします。そのため、どういった行動がどの程度の不安感を感じるかということは表にして利用していきます。
曝露反応妨害法は、強迫性障害の治療には有効ですが、あまりにも強いストレスや不安を感じることに挑戦してしまうと本人の限界を超える負担になってしまうこともあります。そのため、曝露反応妨害法を行う場合には、どの行動にどの程度の不安感を感じるかの表を活用して、最初は不安やストレスの感じ方が少ない行動から始め、徐々に不安感やストレスの強い行動へと順番に進めていくこともあります。
強迫性障害の薬物療法
強迫性障害ではSSRIという抗うつ薬がよく治療に用いられます。強迫性障害の原因と考えられている、脳内の神経伝達物質のセロトニンの異常を緩和し、正常な働きに近くします。
強迫性障害の症状やうつの状態が強く、認知行動療法を行えない状況であった場合には薬物療法が先に行われたりします。また、強迫性障害において薬物療法は長期にわたって行う必要があるため、すぐに効果が表れなくても根気強く服用を続けていく必要があります。
その他、抗不安薬や抗精神病薬も症状の改善具合によっては加えていくことになります。