パーソナリティ障害には、さまざまなタイプがありますが、今回はその中に含まれる境界性パーソナリティがテーマです。「境界性」というのは、精神病と神経症の境界にあるという意味ですが、現在では独立した病気として位置づけられています。
なお、タイトルの病名の中にある「パーソナリティ」という言葉から、人格の障害と受け取る人がいそうですが、人格や性格の病ではありません。人格の病気だから治らないというのも誤解です。
目次
境界性パーソナリティ障害とは
まず、パーソナリティ障害を定義しておきましょう。WHOの精神疾患の診断基準では、パーソナリティ障害は「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および行動の持続的パターンであり、ほかの精神障害に由来しないもの…」と定義されています。
極端な考え方、衝動性などが症状
WHOによるパーソナリティ障害の定義をもっと噛み砕いていうと、大多数の人とは違う反応や行動をすることで、本人はもとより周りが困っているケースに診断される精神疾患です。
このパーソナリティ障害に含まれる境界性パーソナリティ障害は、情緒不安定パーソナリティ障害とも呼ばれ、不安定な自己と他者のイメージ、感情・思考の制御不全、自傷、自殺などの衝動的な自己破壊行為などを特徴とする障害です。
具体的には、以下のような特徴が指摘されています。
2) 良い自分と悪い自分の分裂。中でも悪い自分が気分によって入れ替わり、他人の評価もしょっちゅう変わる。
3) 衝動的な行動。リストカットなどの自傷行為、暴力などの破壊的行為、繰り返される自殺企図、過食、自己嘔吐、性的逸脱、万引き、薬物、飲酒など、依存的行動。
4) 人を引き付けようとする対人操作。
注意しなければならないことは、パーソナリティ障害は、うつ病、統合失調症、躁うつ病などの精神疾患を引き起こす性質があるということです。
様々なタイプがある
パーソナリティ障害は、下記に示すように様々なタイプがあり、境界性パーソナリティ障害は、この中の感情が移り気なタイプのグループに含まれています。
<A群:奇妙で風変わりなタイプ>
・妄想性パーソナリティ障害⇒広範な不信感や猜疑心が特徴。
・統合失調質パーソナリティ障害⇒非社交的で他者への関心が乏しいことが特徴。
・統合失調型パーソナリティ障害⇒会話が風変わりで感情の幅が狭く、しばしば適切さを欠くことが特徴)<B群 :感情的で移り気なタイプ>
・境界性パーソナリティ障害 (感情や対人関係の不安定さ、衝動行為が特徴)
・自己愛性パーソナリティ障害* (傲慢・尊大な態度を見せ自己評価に強くこだわるのが特徴)
・反[非]社会性パーソナリティ障害 (反社会的で衝動的、向こうみずの行動が特徴)
・演技性パーソナリティ障害 (他者の注目を集める派手な外見や演技的行動が特徴)<C群 (不安で内向的であることが特徴>
・依存性パーソナリティ障害 (他者への過度の依存、孤独に耐えられないことが特徴)
・強迫性パーソナリティ障害 (融通性がなく、一定の秩序を保つことへの固執(こだわり)が特徴)
・回避性[不安性]パーソナリティ障害 (自己にまつわる不安や緊張が生じやすいことが特徴)
発症には環境の影響が大きい
境界性パーソナリティ障害の原因は完全に解明されたわけではありませんが、最近の研究では、生物学的特性や発達期の苦難の体験が関連していることがわかっています。
たとえば、衝動的な行動パターンは、中枢神経系を制御する神経伝達物質・セロトニンが関係していて、神経系の機能低下によるものだと考えられています。
また、養育者が身近にいなかったなどの養育環境が不十分だったことや養育期につらい体験をしたことなどが、発症と関連しているともいわれています。幼少期に身体的・性的虐待を受けたり、親が過保護であったり、人間関係が崩壊した家族で育ったという養育環境も発症と関連しているというわけです。
このほか、厳しいストレスにさらされやすい都市型の生活環境も指摘されています。遺伝の影響も多少はありますが、主たる要因としては、生育環境や社会的環境が大きな陰を投げかけていると考えられています。
若い女性に多い
発症する年齢層は青年期または成人初期に多く、30代頃には軽減していく傾向があります。アメリカの研究では、人口の15%が何らかのパーソナリティ障害だといわれています。
このうち、境界性パーソナリティ障害がどのくらいかのデータはありませんが、パーソナリティ障害の中で一番多いのが境界性パーソナリティ障害であるというのは事実のようです。日本では、境界性パーソナリティ障害は2%、そのうち女性は男性の3倍という報告があります。
治療が可能であり、時間とともに改善する傾向がある
パーソナリティ障害の治療は、患者と医師が協力し合って長期にわたって行われます。治療は、支持的精神療法、認知行動療法、精神分析的精神療法などの精神療法と薬物療法の2本立てで行われます。
薬物療法では、感情調整薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や少量の抗精神病薬が使用されます。かつて、この病気はなかなか治りにくいとされていましたが、効果の高い治療法が開発され、年齢とともに徐々に軽快することが明らかになってきています。
発達障害とは
発達障害は、生まれつき脳の一部の機能に障害があることによって発症する先天的障害です。
発達障害の特徴
発達障害は、自閉症スペクトラム、注意欠如・多動性障害、学習障害、チック障害などがいくつかのタイプに分類されています。以前まで、自閉症、アスペルガー症候群と診断されていた症状は現在ではまとめて自閉症スペクトラムと診断されます。
それぞれの特徴です。
相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や行動の偏り。100人に1か~2人の割合でいるとされ、男性は女性より数倍多いとされています。
●注意欠如・多動性障害
発達年齢に見合わないような多動・衝動性、あるいは不注意、またはその両方の症状が7歳までにあらわれます。学童期の子どもには3~7%存在し、男児の方が女児よりも数倍多いとされています。ただし、男性の有病率は青年期には低くなりますが、女性の有病率は年齢を重ねても変化しないとも報告されています。
●学習障害
知的発達には問題はありませんが、読む、書く、計算するなど特定の事柄が苦手。特に男児は、女児よりも数倍「読む」のが苦手とされています。
生まれつきの性質によるもの
発達障害は生まれつき脳の機能が通常と異なって発症するとされています。ただ、そのメカニズムは解明されていません。
最近研究が進んでいる自閉症スペクトラムについては、遺伝的要因が関与しているということがわかってきています。たとえば、兄弟のうち一人が発症すると、もう一人の発症率が高まることがわかっています。とはいえ、遺伝子が全く一緒のはず一卵性双生児の場合、一人だけしか発症しない傾向が見られます。
ということは、遺伝要因以外にも、環境要因が考えられるということです。環境要因としては、親の年齢、出産時の合併症、妊娠時の食事、汚染からの影響などが考えられています。
大人になってから判明することもある
発達障害は、子どものころに明らかになりますが、最近では、大人の発達障害が増えてきています。学校の成績が良かったり、本人が努力して障害を隠そうとしていたこともあって、大人なるまで見過ごされてきていた。ところが、社会にでて否応なくコミュニケーションを必要とされるようになると、もう隠しきれなくなってくるのです。
大人になって明らかになる発達障害の特徴は、以下のようなものです。
・その場の雰囲気が読めない。
・忘れ物やミスが多い。
・仕事や家事の段取りが悪い。
・衝動的に行動する。
・机の整理、書類の整理ができない。
・時間や期限が守れない。
・約束や用事をよく忘れてしまう。
・落ち着きがなく、いつもそわそわしている。
発達障害は治らないが、うまく対応すれば問題は少なくなる
発達障害は、生まれつき脳の発達が通常と違っているためにあらわれる先天的な障害です。しかし、その特性を本人はもとより家族や周りの人が理解し、日常の暮らし方や過ごし方を工夫すれば社会的に適応し、もって生まれた得意分野の能力を生かして、しっかりと生きて行くことができます。また、一時的に症状を落ち着かせる薬を用いることで、適応の手助けをおこなうこともあります。
境界性パーソナリティ障害と発達障害の違い
どちらも、どこかズレていて、周りの空気が読めません。でも、中身は全く異なる障害です。
似ているようで似ていない
コミュニケーションが苦手で、共感・共鳴する能力に恵まれず、想像力も乏しいという点で、境界性パースナリティ障害と発達障害は似ています。
しかし、その背景を覗くと、この似ている症状は、全く別の次元であることがわかります。
境界性パーソナリティ障害者の根底には、見捨てられ不安が横たわっています。わざと周囲の人を困らせたり、怒ったり、脅かしたりしますが、それは人の愛情を試すような形で現れます。また、周囲の対応を非難し、責任転嫁しがちですが、それは他人への依存と他人に対する操作的意図の反映です。
これに対して、発達障害者は、他人への関心がなく、他人へのメッセージ性はありません。あくまで、自己中心のこだわりです。この対照的なありようを情緒的な側面から見ると、境界性パーソナリティ障害者は、「情緒の未成熟」、発達障害者は、「情緒の未分化」とする区別する研究者もいます。
もっと大胆にいえば、境界性パーソナリティのわがままは、他人を振り回すことが目的、発達障害のわがままは、裏表のない純粋なわがままといえそうです。
原因の違い
境界性パーソナリティ障害の原因としては、養育時の愛情の欠如もしくは愛情過多、あるいは虐待体験などがあげられています。つまり、後天的な障害です。
これに対して、発達障害は先天的な脳の機能不全で、環境要因のほかに、遺伝要因があげられています。ただし、先天的だからといって100%遺伝するというわけではなく、複雑で複数の要因が絡んでいるものだということも付け加えておきます。
発達障害の対応
境界性パーソナリティ障害は精神療法と薬物療法によって行われ、年齢とともに症状は改善していきます。これに対して、発達障害の根本的な治療はありませんが、教育や環境を調整することで、欠点によるデメリットを減らし、持っている能力をより引き出すという対応が行われています。
個別や小さな集団での療育を実施し、コミュニケーションの発達を促し、適応力を伸ばすことを目指しています。また、療育を行うことで新しい環境への不安を抑え、集団での活動などに参加する意欲が高まります。
●注意欠如・多動性障害の対応
薬物療法と行動変容、そして生活環境の調整が実施されます。
薬物療法では、主に脳を刺激する治療薬であるアトモキセチン、塩酸メチルフェニデートという薬が用いられます。
生活環境の調整では、集中を妨げるものを減らしていきます。例えば、勉強をする際は遊具やテレビを見えないように、片づけをしたり、電源をきったりします。
集中できる時間は限られているので、一度に行う量を減らし、少なめに設定します。休憩時間もしっかりと決めておくと効果的です。
●学習障害の対応
学習障害の子どもに対しては、読む、書く、計算が苦手の子どもに対しての教育的な支援がポイントになります。読むことが困難な場合は、大きな文字で書かれた文章を指でなぞりながら読み、書くことが困難な場合は大きなマス目のノートを使い、計算が困難な場合は、絵を使って視覚化するなどのそれぞれに応じた工夫が行われています。
どちらにせよ医療機関にかかることで改善の道は開ける
境界性パーソナリティ障害と発達障害は、一件に似ているところがあります。しかし、この二つはその原因からして似て非なるものであることは、述べてきた通りです。
自分で勝手に判断しないで、医療機関でしっかり判断してもらうことが大切です。早期に取り組めば、境界性パーソナリティ障害は、治る病気です。発達障害はなおらないものの、専門の療育機関にかかることで、ハンディキャップを乗り越えられる道も開けてきます。