体の調子が悪いわけでもないのに、突然、動悸やめまいがしてきて、脂汗がたらたらと流れる。息がつまるようで、吐き気もする。気が付くと手足が震えている。ひょっとしたらこのまま死ぬのではないか・・・。
これがパニック障害の典型的なパニック発作です。それは心筋梗塞の症状に似ていますが、全く身に覚えのない症状ですから、死ぬかもしれないという恐怖のあまりパニックに陥るのです。
パニック障害の特徴とは
パニック障害とは
パニック障害とは、恐怖症、強迫性障害、PTSDなど、不安障害と呼ばれる不安を主症状とする精神疾患に含まれる障害です。パニック障害では、パニック発作、予期不安、広場恐怖の3つの不安症状があらわます。
人に理解されがたいことも
パニック発作は、急性・突発性の発作です。発作を起こした当人は、心臓発作ではないか、このまま死んでしまうのではないかという不安に駆られ、救急車で病院に駆けつけます。
しかし、病院に着いた頃には発作は収まり、検査しても特に身体的な異常は認められませんから、そのまま帰宅しますが、数日をおかずまた発作を繰り返します。
そうすると、初めは心配していた周囲の人たちは、「またか・・・(仮病ではないか)」などと疑わしげな眼でみることになりがちです。発作のたびに、死ぬかもしれない、という恐怖を味わっている当人にとって、冷たくなっていくこの視線は、とても辛いことです。
発作に対する不安「予期不安」
心臓がパクパクしてきて、息苦しくなり、めまいや立ちくらみで立ってもいられないような症状が、突発的に起こることを想像してみてください。誰だって、そんな恐怖は味わいたくありません。
加えて、パニック発作は、突発的に起こりますから、「今度発作がおきたらどうしよう」という不安にとりつかれてしまいます。これが、パニック障害の「予期不安」です。
「会社で起きたら、どうしよう」
「また、人前で恥ずかしい思いをするのか・・・」
「誰も助けてくれなかったらどうしよう」
こんな様々な不安が沸き起こり、段々と外出を避けるようになり、会社を辞めるケースも出てきます。予期不安は、パニック発作の体験に基づく二次的な不安です。
発作が起きたら困る場所に対する恐怖「広場恐怖」
広場恐怖の広場というのは、公園や駅前ロータリーの広場という意味ではありません。逃げ出そうにも逃げ出せないような人ごみの中や電車などの閉鎖空間に対する恐怖です。
発作が起きると困る場所に対する恐怖といってもいいでしょう。広場恐怖の対象となる場所については、次の章でくわしく説明します。なお、パニック障害では、広場恐怖を伴わないケースもありますが、ほぼ75%の割合で広場恐怖を伴うと指摘されています。
うつ病を併発しやすい
パニック障害は、うつ病予備軍のようなものです。障害を抱え込んでいることによるストレスがたまって、気がついたらうつ病になっていたというケースは珍しくありません。
つまり「二次的うつ病」になり、後にうつ病の症状がメインになってきた結果、診断名が変わることもあるのです。
うつ病の中でも、「非定型パニック性不安うつ病」を併発するケースが多いとされています。非定型パニック性うつ病というのは、気持ちの浮き沈みの激しいうつ病です。
いつも落ち込んでいるのではなく、気持ちがウキウキしているときもあれば、「相手を怒らせる」ような、攻撃的な言葉も吐く攻撃的な振る舞いが特徴です。
パニック障害の原因
パニック障害を含む不安障害の原因は、まだ完全に解明されていません。かつては、心理的要因(心因)が主な原因であると考えられてきました。
心理的要因というのは、発症前1年間のストレスが多かったとか小児期に親との別離体験をもっているなどを指します。
しかし、脳の研究が進んだ近年では、心因のほかに脳内神経伝達物質系が関係する脳機能異常(身体的要因)である、という説が有力になってきています。大脳辺縁系にある扁桃体を中心とした「恐怖神経回路」の過活動があるとする仮説です。
100人に1人以上が発症するとも
パニック障害の生涯発症率は、100人中1~3人と言われています。かなり高い発症率です。
発症の時期のピークは、男性が25歳~30歳、女性では30~35歳です。
性差による発症率は、わが国では大きな違いは見られませんが、欧米諸国では女性は男性の2倍と言われています。これはパニック障害の発症が、社会・文化的なものの影響を受けていることを示唆するものです。
広場恐怖で怖くなる場所の例
広場恐怖を感じる場所
広場恐怖の広場とは、パニック発作が起こると困る場所、あるいは、発作が起こりそうな恐怖の空間のことです。
具体的に列記すると以下のような場所が、パニック障害の「広場」です。
・飛行機
・高速道路、トンネル、地下道
・人ごみ、混雑した場所
・エレベーター、コンサートホール、映画館などの閉鎖された空間。
・歯科、美容院など、比較的動きにくい場所
・頼れる人がいない場所
上記の例からもわかる通り、そこは逃げたくても逃げられそうになく、発作が起きたら恥をかきそうな、誰も助けに来てくれそうな場所です。広場恐怖が重症になると、一人では外出できなくなり、社会生活に支障をきたすようになります。
映画館
映画館、コンサートホール、エレベーターは、暗い、閉鎖空間です。ですから、パニック障害の人にとって、そこは禁じられた「広場」に相当する空間です。
映画館で、パニック発作を起こした経験があれば、そこに足を向けることはないでしょう。そこで発作が起きたことはないけれど、なんだか怖い。でも、どうしても観たい映画がある。
こんなときは、どうすればいいでしょうか。
まず、込み合った時間帯を避けることです。また、座席は、何かあったとき、人に迷惑をかけずにその場を離れられる出口や通路の傍の座席をとるような用心をすれば、発作も起こりにくくなります。
飛行機
飛行機は一旦出発したら、目的地に到着するまで降りることはできません。決して途中で逃げ出すことのできないこの完璧な閉鎖空間に数時間居続けなくてはいけないのです。
パニック障害の人にとって、飛行機は、最も危険な「広場」です。広場恐怖の程度にもよりますが、まだ外出できる状態で、どうしても飛行機を利用するしかないという場合、あまり込んでいない便を利用し、できればトイレに近い通路側の座席をとれば、いくらか不安は薄らぐでしょう。
また、乗務員にあらかじめパニック障害であることを知らせておくようにしておくことも考えるべきでしょう。
電車
乗り物の中で、「広場」のリスクの高いのが飛行機、ついで電車です。もし選択が可能であれば、朝夕の満員電車や途中下車のができない急行・快速電車は避けるべきでしょう。
電車の中でも、ドアの近くに立っていれば、不安もすくなくなるはずです。
一人での外出
広場恐怖が強まってくると、一人で外出することもままならなくなります。パニック障害というのは、一過性の恐怖とはいえ、日常生活にも大きな影響を及ぼし、生活の質が落ちてきます。
可能ならば、誰かに付き添ってもらって、一人歩きになれることですが、なによりもパニック障害をのものの治療に取り組むことが最優先の対策です。
パニック障害の対処法、治療方法は?
発作について理解しておく
パニック障害の人たちは、まるで地雷原を歩くような恐怖を抱えて生活しています。その辛さは、他人にはなかなか理解しづらいところですが、一つだけ確かなことは、パニック障害で死ぬことはない、と言うことです。
パニック発作は10分程度で必ず落ち着き、後遺症も残りません。ですから、「時間が経てば必ず落ち着くんだ」ということを頭でしっかりと理解しておくことは重要です。
いざというときの緊急対応
突然、発作に襲われた時の緊急対応として、専門家は以下のような対応策をあげています。
●リラックスできるツボを押す:気分をリラックスさせるツボを押しながら、「大丈夫、大丈夫」と気持ちを鎮めましょう。押すツボは、「会合」(手の甲側の親指と人さし指の間の指のまたの押して痛むツボ、「神門」(手首内側で小指の下の骨と腱の間にあるツボ)、「内関」(手首内側のしわからひじ側に指3本分離れた真ん中にあるツボ)です。
薬による治療
パニック障害を克服するもっとも効果的な方法は、専門の医療機関の治療に取り組むことです。治療は、薬物療法と精神療法の2本の柱で行われます。
パニック障害は、薬物療法が効果を発揮しやすい障害だとされています。使用される薬は、SSRIをはじめとする抗うつ薬と抗不安薬です。
これらの薬の効果には個人差がありますから、効果を確認しながら、量と回数が決められていきます。医師が定めた通りの量と回数を守って服用していくことが重要です。
治療が長引くこともあり、ある程度症状が収まってくると、勝手な自己判断で服薬をこっそりやめてしまう人がいます。こうした自己判断は、長い時間をかけていた治療を台無しにして、かえって悪化させることにもなります。
薬への不安があれば、医師に相談してください。
精神療法
精神療法では、認知行動療法を取り入れた治療が行われるようになってきています。中でも、認知行動療法の中の「段階的暴露療法」は、広場恐怖に対して効果的な治療だとされています。これは、不安の度合いを段階づけて、容易な段階から一つ一つステップアップしていくものです。
たとえば、一人で電車に乗れない場合は、はじめは家族同伴で乗り、次に家族は別の車両に乗り、次は一人で1駅だけ乗ってみる、というものです。こうした小さな成功体験を積み重ねることで、自信をつけ、不安を払しょくしていくという療法です。
年単位での治療の覚悟も必要
パニック障害は治療に長い時間がかかる疾患です。治療期間は症状の重さによって個人差はありますが、参考までにスムーズに治っていくケースの標準的な経過は、以下のようになります。
・広場恐怖がある人には、発作が軽くなったころから、精神療法が併用される。
・2ヶ月くらいで予期不安が徐々に軽くなる。
・3ヶ月ほどで、パニック発作がなくなる。
・6か月~1年で、予期不安がほとんどなくなる。
・1年~1年半ほど薬物療法を続け、徐々に薬を減らして最終的には薬をやめる。
ストレスの少ない健全な生活を送る
多くの精神疾患にいえることですが、ストレスは発症のトリガー(引き金)になっています。パニック障害の根底にあるのは、不安です。
この不安をなくすために薬と精神療法で不安を払しょくしていくのですが、もう一つ忘れてならないのは、生活習慣を見直し、規則正しい生活に立ち戻ることです。というのも、不規則な生活がストレスを増幅し、睡眠不足を誘発しているからです。
ストレスの少ない健全な生活を送ることは、パニック障害対処法の自明の前提です。
理解と慣れが恐怖の克服のカギ
パニック障害の人は、いつ爆発するか分からないバクダン(パニック発作)を抱えて暮らしているようなものです。その不安に耐えられず出てくる二次的障害が、予期不安と広場恐怖です。
これを克服するカギは二つです。一つは、パニック障害では、死ぬことはない、ということを頭に刻み込むこと。一つは、専門家の手を借りて、バクダンの爆発装置を外していくことです。
早期に専門的な治療に取り組むことが、もっとも効率的な克服法です。