サイレント・キラー(沈黙の殺人者)という言葉をご存知ですか。これといった自覚症状がないまま、身体の方は徐々に蝕まれていき、ある日、突然症状があらわれ、その時は手遅れという病気をさしていわれる言葉です。
高血圧、糖尿病などの生活習慣病がこれにあたりますが、今回のテーマであるアルコール依存症も沈黙の殺人者によってやられる病気です。
目次
アルコール依存症の基準
アルコール依存症の患者は、国内に約80万人だとされていますが、その背後にはいずれ依存症になると予測される予備軍が440万人もいると言われています。
まず、アルコール依存症とは、どんな状態の症状なのかみてみましょう。
依存症の診断基準が存在している
国際的に用いられているWHOの診断基準であるICD-10では、以下の6つの項目のうち3つ以上が1ヶ月以上繰り返し現れるとアルコール依存症と診断されます。
・仕事が終わる時間になると、飲みにいくことばかりを考え、家に酒がないと不安になる。
・多少面倒でも、酒を手にいれるためには積極的にでかける。
2)アルコールを飲む時間や使用量に関して、摂取行動を統制することが困難
・今日はやめておこうと思っても飲んでしまう。
・「一杯だけ」と決めて飲み始めたのに、結局は「定量」を超えて、あるだけ飲んでしまう。
3)一定量の酒を飲まないと生理学的離脱状態(禁断症状)があらわれる
・イライラして落ち着かない。
・発汗、発熱、こむら返り、不眠、手指の震えなどがあらわる。
4)アルコールに対する耐性ができ、酒量が増える
・昔と同じ量では酔わなくなる。
5)飲酒以外に興味や関心が薄れる
・外出すると酒を飲むことばかり考えるようになる。
・飲酒の時間が長くなり、家族と過ごす時間や会話が減る。
6)明らかに有害な症状があらわれているのに、飲酒をやめない
・あらわれてくる症状とは、肝臓病、高血圧、糖尿病、心臓病など。
・うつ状態、家庭内でのトラブルなど。
本人はしばしば否認する
アルコール依存の証拠となるいくつかの症状があらわれているのに、アルコール依存症の人は自分の病気をなかなか認めません。アルコール依存症は、別名「否認の病気」といわれるくらいですが、彼らはなぜみとめないのでしょうか。
一つは、「あの人はアル中」とレッテルを貼られることへの嫌悪感があります。そのことによって、世間からつまはじきされることを恐れてもいます。
しかし、もっとも恐れているのは、酒を奪われれば心の安定が保てなくなるということです。否認は、自分を脅かすものに対する自衛的否認なのです。
たくさん飲んでいれば依存症になるわけではない
世の中には「酒豪」と呼ばれる大酒飲みの人がいますが、酒豪だからと言って依存症になるわけではありません。双生児による遺伝の研究などから、アルコール依存症の原因の50~60%が遺伝的要因だと言われています。
遺伝的要因がなければ、アルコール依存症になるリスクは少ないわけですが、酒を飲まずにはいられないという環境の中での大量の飲酒は、依存症へのリスクを抱えていることも忘れてはなりません。
初期症状
「たった1杯のつもりで飲んで、いつの間にやらはしご酒」、歌の文句にあるように、アルコール依存症は、たった1杯の酒から始まり、いつの間にか酒なしでは過ごせないようなっていきます。
たとえば、始まりは気晴らし
友人とお酒を飲みながら語り合う一刻というのは、楽しいものです。「酒は百薬の長」ということわざもあります。
しかしお酒の効用を覚えてしまったために、たった1杯の酒から始まって、はしご酒になり、ついには酒なしでは暮らせないというアルコール依存症へと進むケースもあります。
そこに至る経緯は、人それぞれですが、たとえば、気晴らしのつもりで飲み始めた酒から始まって依存症になるというケースが少なくありません。
以下、気晴らしから徐々に進行していくプロセスをながめてみましょう。
第1期:飲酒する習慣ができる
アルコール依存症は、長い時間をかけて、徐々に心身が蝕まれていく病気です。最初は、気持ちの沈みを晴らすために飲み始めた酒です。
そのうち、酒で鬱憤が晴れるようになります。酒で悩みを紛らせるといってもいいでしょう。
やがて、アルコールに対する耐性が増加し、酒量が増え、酒を飲むのが習慣のようになってきます。
第Ⅱ期:飲む量がだんだん増える
飲む量がだんだん増えてきます。アルコールの耐性が増加した結果、なかなか酔えなくなってくるからです。
そのうちに、「ブラックアウト」がでてきます。ブラックアウトとは、お酒を飲みすぎることで、記憶が飛んでしまうことです。
この時期になると、お酒がないと気分が落ち着かず、こっそりと隠れ飲みなどをするようになります。アルコールに対する依存がかなりはっきりと出てきます。
第Ⅲ期:お酒による問題が増える
飲酒量の頻度をコントロールできなくなってきます。酒がきれると手が震えだすなどのアルコール離脱症(禁断症状)もでてきます。
また、態度や性格も変化し、身体的には、肝機能の低下などの異常があらわれてきます。この段階になると、遅刻や欠勤をするようになりますが、飲酒に関して注意されると、頑強に「否認」や言い訳をするようになります。
もはや自分の意志だけで酒を断つことが極めて困難な状態です。
第Ⅳ期:完全な依存状態
朝から酒を飲み始めます。就業することもできず、外出もままならなくなり、完全な依存症状態になります。肉体的にも精神的にも衰弱し、死の可能性もでてきます。
予防法
飲み過ぎたりしなければ、全く飲まないよりも適度に飲む方が死亡率が低い、という学説もあります。では、適度に飲むということはどういうことでしょうか。
適量を超えて飲まない
どのくらいが適量なのかには個人差があります。また、その日の状態で、酔い具合がことなってきます。
ですから、これが適量という絶対的な数字はありませんが、厚生労働省が推進する国民健康づくり運動「健康日本21」によると、「節度ある適度な飲酒」は1日平均純アルコールにして約20g程度であるとされています。
適量のほかに注意しなければならないことは、毎日飲むことを避けることです。アルコールは肝臓に負担をかけます。
週に2日はお酒を飲まない「休肝日」を設けるようにしましょう。このように、適量の酒を適切時間を置いて飲めば、お酒は百薬の長となるわけです。
ただし、女性や高齢者の適量はこの基準より少なめにみるべきでしょう。参考までに、20mgの目安を表にしました。
ビール(アルコール度数5):中びん1本
日本酒(アルコール度数15):1合
焼酎(アルコール度数25):0.6合
ウイスキー(アルコール度数43):ダブル1杯
ワイン(アルコール度数14):4分の1本
缶チューハイ(アルコール度数5):1.5缶
ストレス発散の手段をほかに確保する
アルコール依存症になる確率が高いのは、気晴らしを動機とした飲酒です。つまり、ストレス発散の手段がアルコールだけという場合、飲酒が習慣化し、徐々に酒量が増えて行くというコースにハマりやすいです。
女性の場合は、結婚に伴う環境の変化や育児によるストレスから、お酒にはしり、ストレス環境が改善されないまま、キッチンドランカーになるケースがあります。
ですから、お酒以外にストレス発散の手段をもつというのは、間接的な予防策ということになります。
アルコール依存症の怖さについて理解する
冒頭にあげたアルコール依存症の診断基準をじっくり読んでみてください。何が恐ろしいかといえば、止める意志があっても止められなくななり、酒が手に入るなら何でもするという状態になることです。薬物依存と同じくらいにアルコール依存症は、怖い病気なのです。
うつ病の人は早期に治療する
アルコール依存症は、うつ病を併発することが多いといわれています。というのも、うつ病がきっかけで、うつ状態を紛らわすためにアルコールを多量に飲酒してアルコール依存症を併発するケースがあります。
これとは逆に、アルコール依存症からうつ病になるケースも少なくありません。お酒は気分を高揚させる作用がありますが、一方で孤独感や絶望感を強め、気分が落ち込んでうつ状態になる作用もあります。
二つの病は、相互に補完し合った親和性の高い病気です。ですから、アルコール依存症にしろ、うつ病にしろ、早期治療に取り組むことが非常に重要になってきます。
なりやすい人とは?
一般に、男性よりも女性のほうがアルコール依存症になりやすく、同じ酒量であれば、女性は男性より10年も早くアルコール依存症になるといわれています。
性格的に、孤立しやすく羞恥心を感じやすい人や抑うつ的、依存的、敵対的な気質の持ち主は、アルコール依存症になりやすい部類に入りそうです。
また、生活環境がアルコール依存症を助長するという説もあります。例えば、家族にアルコール依存症の人がいると、その人を世話することに自分の生き甲斐を感じ、相手が自分を頼りにしてくれることに対して自分の存在意義を感じるようになります。
これは「共依存」と呼ばれるものですが、このような環境の中でくらしていると、アルコール依存症になるリスクも高いと言われています。
アルコール依存症は気を付ければ防げる
アルコール依存症は、薬物中毒同じくらいに恐ろしい病です。しかし、お酒を飲まない限りアルコール依存症にはなりようがないのですから、ガンのような恐ろしさはありません。加えて、初期段階で、アブナイ、と自覚し、気を付けて節制すれば、依存症になる危険はなくなります。要するに、アルコール依存症は、気を付ければ防げる病気なのです。