無気力症候群は、アパシー・シンドロームとも呼ばれますが、その症状は「やる気がない」、「モチベーションが低い」などとなってあらわれます。ただし、うつ病などの無気力とは異なり、学業や仕事など特定の「本業」に対する無気力状態を指します。
目次
無気力症候群とは
学業に身が入らなくなる「5月病」
A君は、ガリガリに受験勉強した甲斐があって一流大学に入学することができました。ところが、合格して一安心した途端、次の目標が見つからなくて、勉強する気がなくなり無気力状態に陥った・・・。
これが、良く知られている「5月病」です。4月に入学した大学生たちの中には、5月になると学生の本業である勉学に全く身が入らない無気力状態になる人が増えてきたことから命名されたものです。
仕事にやる気がなくなる「燃え尽き症候群(バーンアウト)」
5月病は大学生によく見られる無気力症候ですが、最近では学生だけではなく社会人でもこの症状を呈する人たちがいることが報告されています。仕事を一生懸命頑張ってきたものの、期待した結果にならなかった場合に起こる無気力状態で、「燃え尽き症候群」と呼ばれ症候です。
介護や看護の仕事をしている人やホテルなどの接客業や教師に多いといわれる症候群です。一生懸命に病人やお年寄りに仕えてきた人たち、腰を低くして笑顔を作ってきた人たち、そして言うことを素直に聞かない子どもたちに忍耐強く接してきた先生たちの優しさや忍耐が燃え尽きて、ある時から無気力状態になるわけです。
もともとは頑張り屋さん
無気力症候群の主症状は、その名前の通り無気力ですが、無関心・無感動なども認められます。ただし、先に述べた通り、無気力の対象は、その人にとっての「本業」に向くことがほとんどです。
学生であれば、勉学、社会人であれば仕事です。こうした本業に対して無気力になり、ひどい場合は、不登校、出社拒否となり、留年・退学、退職にいたるケースも珍しくありません。
本来、いい加減で勉強や仕事にやる気のない人はいるものですが、無気力症になった人の多くは、実は頑張り屋さんが多く、一生懸命に勉強し、張り切って仕事をし、先生や上司からの評価も高く、将来を期待されている人材です。
無気力症候群は、「退却神経症」と呼ばれることもあります。もともと一生懸命に頑張った人が、ある時期を境に「退却」し、無気力になっていくのです。
遊びなどにはやる気が出る
無気力症候群の人は、すべてのことに無気力になるわけではありません。この点が、うつ病の無気力と異なるところです。無気力症候群の無気力は、選択的無気力です。
つまり、本業である勉学や仕事に対しては無気力になるけれど、趣味の活動やコンペ、飲み会などには、積極的に参加したりします。そのために、「無気力は甘えに過ぎない」という誤解を受けることがあります。
本来サボり癖のある人に対する叱責であれば、とがめられる筋合いのものではありませんが、もともと頑張り屋だった無気力症候群の人への叱責は、心を傷つけ、症状の悪化につながりかねません。このあたりの見分け方が重要です。
辛く感じにくい
無気力症候群の無気力は、目標喪失による無気力です。憂うつな気分に支配され、絶望感をともなったうつ病などの無気力とは、一味違った無気力です。なにしろ、楽しいことはそれなりに楽しめるのですから。
ですから、精神疾患の人たちの辛さも感じにくいため、治療を受ける気が起こらず、そのまま放置するというケースがみられます。その結果、症状が改善されず、不登校、欠勤が重なり、無気力症候群からうつ病などに移行するケースもあります。
無気力症候群とうつ病の違い
無気力症候群の無気力は、本業を対象にした特定された無気力です。これに対してうつ病の無気力は日常生活全般に対する無気力です。
やる気がなくなるものの範囲が異なる
うつ病は心身のエネルギーが低下した状態です。そこであらわれる無気力は、日常生活全般にわたり、「自分はダメな人間だ」という自責の念を伴っています。
これに対して、無気力症候群の無気力は、勉学や仕事に対する無気力で、無気力の範囲が限定されています。これがうつ病の無気力と無気力症候群の大きな違いです。
症状の広がりと症状の辛さ
無気力症候群の無気力は、限定された対象に対する無気力症状で、その他の症状はありません。うつ病の無気力は、不眠、頭痛といった身体症状のほかに抑圧気分、不安、希死念慮といった様々な精神症状があらわれます。無気力はそうした症状の一つに過ぎません。当然、うつ病の方が、断然、辛いです。
病んでいることの辛さがいやというほど身に沁み、最悪のケースでは自殺に至ることもあります。無気力症候群の場合、趣味や人づきあいなどで楽しみ、気晴らしも出来ますから、辛さを感じることが少なく、かつ自分が病んでいるということに無自覚的です。
治療を求める気持ち
精神科の病院には、たくさんのうつ病患者さんが通院し、または入院して治療を受けています。症状が辛い分だけ治療を求める気持ちも切実です。
しかし、無気力症候群の人は、気晴らしができ、無気力以外にこれといった症状がないものですから、自ら進んで精神科の治療医を受けようとする人が少ないのが現実です。
うつ病を発症するケースも
うつ病と異常心理学の世界的な権威であるマーティン・セリグマンの理論に「学習性無力感」というのがあります。これは、ある事柄に対し自分ではコントロールができないという学習が積み重なると、「何をやっても無駄だ」という感覚を抱き、最終的に無気力になるという説です。
そうして、この学習性無力感がうつ病の一因となることを発見しました。辛さを感じることの少ない無気力症候群の中には、うつ病へのリスクが含まれていることは、銘記しておくべきでしょう。
無気力症候群の原因、改善方法
無気力症候群は、若い男性多く見られる症候群で、目標がなくなった時にあらわれます。
なりやすいのはミスを気にする完璧主義者
性格的に「完璧主義」の人がなりやすいとされています。完璧主義の人は、手抜きをすることなく、何事も100%に仕上げないと気が済みませんから、人一倍エネルギーを使います。
そのエネルギーが切れた時、一種のガス欠のような状態になり、無気力に陥ってしまいます。中でも、「ミスを気にする完璧主義者」が、無気力症候群になりやすい、という研究報告もあります。このほか、主体性が希薄で、言われる通りにやるタイプの「き真面目な完璧主義者」も要注意です。
主体性の乏しい「いい子」
親に言われるままに勉強してきた「いい子」も無気力症候群になりやすい傾向が見られます。心理学的にいえば、「アイデンティティ」が確立しないまま大人になった人たちです。
このようなタイプは、社会人になって精神的な自立が求められても、その状況の変化に適応できず、挫折を契機に無気力状態に陥ってしまいます。
生活習慣の改善
一日の中で、起きる時刻、寝る時刻、食べる時刻、休む時刻を定め、規則正しく生活することが健康につながることは、誰もが体験的に知っていることです。世の中には様々な病気がありますが、治療の第1歩は、やろうと思えば今日からでもできる規則正しい生活に立ち返ることです。
無気力症候群の人たちは、生活のリズムが乱れていることが少なくありません。生活のリズムや食生活が乱れると、疲れが残り、やる気も阻害されがちです。
これがひどくなれば、不登校や欠勤などにつながり、ひきこもりやニートと言われている状態に至ることもあります。まず、規則正しい生活に立ち戻り、そこから治療に取り組むようにしましょう。
精神療法を行うこともある
無気力症候群は、目標の喪失、挫折などを契機に発症します。うつ病などの無気力と違って、辛さの少ない疾患ですが、一方でこれと言った特効薬がありません。
したがって、薬物療法ではなく、精神的な自立やアイデンティティの確立を目指す精神療法(カウンセリング)が行われ、失った目標に変わって新しい環境における新たな目標を見つけることを目指します。ふたたび目標が定まれば、解消される場合が少なくありません。
このように、医療機関で行われる精神療法は、失った目標を再構築するためのサポートをするものです。あまりに無気力がひどい場合は、意欲を出すようなタイプの抗うつ剤が投与されることはあります。しかし、十分な効果が得られないことが多く、むしろ薬の副作用で無気力が更に悪化する可能性もあります。無気力症候群は、基本的には薬物以外の方法で治していく疾患なのです。
放置するとうつ病になる可能性も
うつ病のようなしんどさや辛さがないといっても、放置していると、うつ病に移行する危険性を内包した症状です。無気力状態が長く続くようなら、医療機関に相談されることをお勧めします。