PARS-TRとは、自閉スペクトラム症の特性がどれくらい見られるのかを知るための検査です。はじめに、PARS-TRで測ることができる自閉スペクトラム症とは何か、簡単にご説明していきたいと思います。
1. はじめに
自閉スペクトラム症ということばはご存知でしょうか?発達障害と呼ばれるもののひとつで、周りの人とコミュニケーションをとることや対人関係を築くことに苦手意識があったり、特定の行動を繰り返し行ったり、気に入った衣服やおもちゃをずっと使い続け、それ以外のものには興味を示さない、といった症状が見られます。以下に、代表的な自閉スペクトラム症の症状をまとめてみましたので、ご覧ください。
自閉スペクトラムの症状
①コミュニケーションや対人関係に関すること
・会話をするときに視線が合わない
・表情の変化が乏しい
・一人で遊ぶことを好む
・相手を傷つけることばをすぐ口に出してしまう
・他者の気持ちを理解することが苦手
・大人数の集団に入ることが苦手
②行動や興味・関心に関すること
・食べ物の好ききらいが激しい
・体を揺らす、電気のスイッチを何度も押すなど、特定の行動を繰り返し行う
・気に入った服や靴をぼろぼろになっても履き続ける
・気に入ったおもちゃや本を離さず、他の物には興味を示さない
・新しい場所や違う道を通るといった変化を嫌う
③感覚に関すること
・食べ物の味や食感に敏感(例:白米は食べるが、混ぜご飯は食べない)
・チクチクする素材の衣服を着ることができない
・車のクラクションなどの大きな音を過剰に怖がる
・けがをしても痛みに気づかない
・人に触られるのを過度に嫌がる
上記に挙げた症状はあくまで一例で、自閉スペクトラム症の全ての方が当てはまっているわけではないので、ご注意ください。上記の他にも、言葉の遅れ、同じ言葉を繰り返し話す、一方的に話し続けるといった言語に関する特徴や、学校の成績表にばらつきがある(例:国語は△が多いが算数は◎が多い)、手先が不器用、文字を正しく書けないといった知能・作業能力に関する特徴なども見られます。
このように、自閉スペクトラム症といってもその症状は様々で、症状の程度や現れ方に個人差やばらつきが多く見られるのも特徴です。最近の統計から、約68人に1人の割合で自閉スペクトラム症の発症が見られる、という報告もあり、決して稀な障害ではなく、むしろ、よくみられる障害といえます。
残念ながら、自閉スペクトラム症の一般的な治療法は存在せず、いくつかの特徴は一生見られるといわれています。そのため、根本的な解決を目指す治療よりも、自閉スペクトラム症の方の苦手な部分である言語やコミュニケーション能力の向上、行動の変容を目的とした、療育や支援に重きが置かれます。
療育や支援を考える上で大事になってくるのが、自閉スペクトラム症の方(もしくは疑いのある方)にどのような症状がみられているのか、いつからみられるようになったのか、どういう時にみられるのかといった情報を集め、整理することです。この情報収集、整理のために活用されているのが、今回ご紹介するPARS-TRです。PARS-TRが具体的にどういうものであるのか、詳しく見ていきましょう。
2.PARS-TRについて
PARS-TRは、上記にまとめた自閉スペクトラム症の特性がいつ頃から始まり、どれくらい見られるのかと言ったことを知るための心理検査の一つです。正式名称はParent-interview ASD Rating Scale – Text Revision:親面接式自閉スペクトラム症評定尺度といいます(長いので、ここではPARS-TRと記載させていただきます)。
PARS-TRの検査対象
PARS-TRは、3歳以上の幼児から成人までを対象としており、対象となる児・者の保護者(もしくは養育者)に心理士や看護師等が面接を行い、対象児・者にどのような自閉スペクトラム症の特性がみられているか、その特性で困っているかを尋ねていきます。
そして、保護者や養育者の話から得られた情報をもとに整理していき、対象児・者の自閉スペクトラム症の可能性について判定していきます。
検査の目的
ここで注意していただきたいのは、PARS-TRはあくまで対象児・者の情報収集を目的としており、自閉スペクトラム症の可能性について知るためのものなので、診断をつけるために行うものではない、ということです。
判定結果は出ますが、PARS-TRの判定結果によって「自閉スペクトラム症」の診断がつくわけではなく、診断のためには医師による聞き取りやその他の情報なども必要になります。
検査の特徴等
このPARS-TRですが、実施時間が30~60分と検査にしては時間が短いこと、病院や学校、その他福祉・療育施設といった多くの場所で使用できることが特徴です。
また、保護者(養育者)の方との面接を通じて対象児・者の特性や困っていることをまとめ、どのような支援を必要としているのか、どういう支援が適切なのかといった、具体的な支援方針について理解を深められることもできます。
他にも、対象児・者の特性や困難度を幼児期から現在までの年齢に沿って尋ねていくので、特性の程度や変化を知ることができ、また変化の背景にどのようなイベントがあったのか、なども改めて知ることができます。これにより、具体的な支援の手がかりを見つけることにもつながるのです。
PARS-TRについて少しでも理解を深めることができましたでしょうか。それでは、実際にPARS-TRを使用したケースを一つ紹介したいと思います。
3.PARS-TRを使用した実例(Aさん 20歳 女性)
大学入学後に「人が怖い」「グループで行う授業に参加できない」と学生相談室に来所しました。Aさん自身でもなぜ人を怖いと感じるのか、グループで行う授業に苦痛を感じるのか、原因はわかりませんでした。
その後もAさんは何度も同様の内容を訴え、グループで行う授業の苦痛から次第に大学の授業の参加日数も減っていき、単位取得も難しい状況になってしまいました。
心配したAさんの両親はAさんに精神科受診を促し、Aさんは病院を受診しました。担当した精神科医にAさんが事情を説明したところ、精神科医はAさんに自閉スペクトラム症の特性がいくつか当てはまるのではないかと考えました。
そこで、「自分の特性を理解し、今後の生活につなげるために」とPARS-TRの実施を提案したところ、AさんもAさんの両親も承諾し、病院の心理士がAさんの母親にPARS-TRを実施しました。
検査の結果は?
後日、心理士からPARS-TRの結果について説明がありました。その結果から、Aさんは幼児期より自閉スペクトラム症の特性が強く見られており、大学生になった現在、その特性は強くなり、日常生活において高い困難度を示していることがわかりました。
Aさんは特に「対人関係」「コミュニケーション」に関する項目に幼少期から多くチェックがついており、「集団遊びに入ることができない」「自分から話すことが少ない」といった内容に高い得点がついていました。
さらに母親への面接で、Aさんは幼稚園の頃から他児の感情や状況理解が乏しく、派手に転んで泣いているお友達がいても「あの子は何で泣いているの?」と母親に聞いて、母親が困惑したエピソードが明らかになりました。
PARS-TRの結果を聞いてAさんは、「昔から集団行動が苦手で、人が泣いている理由とか、怒っている理由とかも理解できなくて、人に対してどう接していいかわからなくなることが多かったんですけど、その理由がわかった気がします」と自己理解を深めることにつながりました。
また、Aさんの両親も、「Aが小さい時はただ“一人が好きな子”“少し変わっている子”という認識で気にしていませんでした。面接をしながら、Aがこんなに困っていたんだ、ということをだんだん知って、“何で気づかなかったんだろう”って思います」と涙ながらに話し、Aさんが感じてきた困難や支援の必要性についての理解を深めることになりました。
対応
その後、Aさんは自ら希望してカウンセリングに通い始め、カウンセリングを通して自分に合ったグループ授業での動き方や行動の仕方を学び始めました。
また、グループの人数を少人数にしてもらう、など大学側に授業上の配慮をしてもらって授業にも参加し、単位を取得、無事に卒業しました。そして、卒業後は会社の派遣社員として就労し、自立した生活を送っています。
4 まとめ
PARS-TRが開発されるまで、自閉スペクトラム症の特徴や特性を直接評価する検査はあまり見られず、支援の手がかりをつかむことが困難でした。
しかし、自閉スペクトラム症に関する研究が徐々に進められ、いくつか検査が見られるようになりました。その中でもPARS-TRは、自閉スペクトラム症の症状が幼児期から現在に至るまでどう推移してきたか知ることができ、成長に伴う変化やギャップを測ることができます。
そして、面接を通じて保護者の方と支援者で対象児・者の理解を深め、共有し、日常生活における適応状態、環境状態についても目を向けることが可能となります。
これにより、現在の対象児・者の直接的な困難だけでなく間接的な困難を理解することにつながるので、実例でAさんが自己理解を深め、自身に必要な支援について知ることにつながったことが読み取れるように、環境調整や心理的サポートといった、対象児・者が必要とする支援につなげることが可能となるのです。
自閉スペクトラム症に限らず、対象児・者の特性を知る、という面でも、このPARS-TRは今後幅広く使用されることが期待できます。この記事を読んで、少しでもPARS-TRについてご理解を深めていただけたら幸いです。
5 参考文献
山本淳一, 楠本千枝子 (2007). 「自閉症スペクトラム障害の発達と支援」『認知科学』 14(4), pp. 621-639.
傳田健三 (2017). 「自閉スペクトラム症 (ASD) の特性理解」『心身医学』 57(1), pp. 19-26.
内山登紀夫 (2013). 「成人期に高機能自閉症スペクトラム障害と診断された自験例10 例の検討」『精神神経学雑誌』 115(6), pp. 607-615.
田中哲, 藤原里美 (2015). 『発達障害のある子を理解して育てる本』 株式会社学研プラス
一般社団法人 発達障害支援のための評価研究会 (2013). 『PARS-TR 親面接式自閉スペクトラム症評定尺度 テキスト改訂版』 スペクトラム出版社