精神疾患の一つに解離性障害というのがあります。解離性障害はいくつかのタイプがありますが、最も深刻なのが今回のテーマである解離性同一性障害です。
解離性同一性障害とは
解離性障害は、自分が自分であるという感覚が失われている状態です。そんな中で、自分の中にいくつもの人格が現れるのが、解離性同一性障害(多重人格障害)です。
解離とはどういう状態か
私たちは、自分の思考や記憶や感覚が自分のものであるという確信を抱いて暮らしています(自己同一性)。解離性障害の「解離」というのは、この感覚が崩れた状態です。
たとえば、過去の記憶や自分自身の考え、あるいは感情、行動の一部が、自分の意識から勝手に切り離された状態です。その結果、日常生活に支障がでてくるようになると、解離性障害ということになります。
正常な解離というのもある
公園の砂場で夢中になって遊んでいる子どもがいます。お母さんが「さあ、帰りましょう」と声をかけても子どもは振り向きもしません。
このとき、この子どもは解離状態にある、といっていいでしょう。スマホでゲームに熱中しているうちに、電車を乗り過ごした、というのも解離状態です。
このように、解離というのは、日常生活のなかでしばしば発生します。
解離することで防御する
日常生活で時折発生する解離状態は別段問題ではありませんが、強いストレスが引き金になって発生する解離は、危機に陥った時に苦痛を最小限に抑えるために体に備わった防御機能(能力)の一つだとされています。
ただし、この能力が過剰に働き、日常生活に支障をきたしてしまうようになると、解離性障害という病名で呼ばれることになります。
解離性障害の種類
解離性障害は、その症状によってさまざまな種類に分類されています。
主な種類をあげておきましょう。
解離性健忘 | 記憶や感情の一部分、もしくは全てを忘れ、思い出すことができない |
離人症 | 自分が体験していることを、自分を見下ろす自分が眺めているような現実感覚が失われた状態 |
解離性とん走 | 突然、放浪に出て、放浪中は名前や住所などについての記憶が失われる。ただし、着替えや電車に乗るなどといった日常生活に支障はない。 |
トランス | 催眠状態や宗教儀礼における祈祷師にように憑依状態になる。 |
解離性運動障害 | 運動機能に異常があらわれ、体の一部が勝手に動いたり、手足のまひなどがあらわれる。 |
解離性同一性障害 | 多重人格障害。一人の人間の中に複数の人格が存在する障害。 |
最も深刻なのが解離性同一性障害(DID)
解離性同一性障害(DID)は解離性障害のなかでも最も深刻な症状です。一人の人間の中に複数の人格が存在するような状態が見出される症状です。
DIDの患者は複数の人格をもち、それらの人格が交代であらわれます。多くの場合、人格が切り替わると前の人格の記憶がなく、生活に支障をきたすことも少なくありません。
日本では、多重人格(MPD)という病名で知られるようになりましたが同義語です。ただ、多重人格の分身としてのそれぞれの人格が、必ずしも統合性を持っているとはいえず、中には人格の断片に近い状態もあるというケースもあるところから、現在では解離性同一性障害の診断名を採用するケースが多くなっています。
女性に多い
思春期以降の20代の女性にあらわれやすいとされています。アメリカで急増したあと、日本でも近年患者が急増し、男女の有病率の性差は3倍から9倍という調査報告もあります。
もっとも男性の場合は、騒ぎを起こしたり、犯罪者となって刑務所に送り込まれるケースが多いので、DIDの統計に表れにくいという面もあります。
解離性同一性障害の原因
外傷性精神障害
解離性同一性障害は、慢性、重症の外傷性精神障害(PTSD)の代表的症状です。この心的外傷には、さまざまな種類があります。
災害や事故、暴行などの一過性のものもあれば、何度も繰り返された性的虐待や監禁、戦場体験などがあります。中でも、小児期の身体的および性的虐待が深くかかわっている場合が多いといわれています。
従って、その他のPTSD(Physical and Sexual Abuse)を合併することも多くみられます。具体的には、薬物乱用、依存症、摂食障害、睡眠障害などなどが同時に診断されるケースが多くなっています。
ストレスも無視できない
解離性障害は、原因が完全に解明されているわけではありませんが、学校でのいじめ、両親からの抑圧、ネグレクト、死別などの強いストレスが関与していることは間違いないところです。
統合失調症的症状もあらわれる
解離性障害では、幻聴と幻視の症状があらわれることがわかっています。このため、統合失調症と間違われやすい精神疾患です。
ただし、統合失調症の幻聴では、声が外から聞こえ、意味が不明確で、声も不明瞭ですが、解離性障害では、意味を持った声が内部から聞こえるという違いがあります。
解離性同一性障害の症状
複数の人格があらわれる
解離性同一性障害では、はっきりと区別される複数の人格状態が存在しています。
典型的なものとしては、通常その人が本来の受身的で情緒的にも控えめな人格状態と、これとは対照的な、より支配的、自己主張的、敵対的、性的にもより開放的な人格が存在し、このほかに、小児期や子ども時代、思春期の人格が併存しています。
基本的人格と主人格
複数の人格は、基本的人格と主人格に分類することができます。
基本的人格というのは、生まれつきもっているオリジナル人格です。これに対して、主人格はある時期において身体を支配している人格です。オリジナルの人格ではなく、成長後に分離した人格ということで二次的人格と表現されることもあります。
患者によっては、基本人格が長期間休眠状態で、あらわれても短時間で、多くの時間は二次的人格が支配しています。この場合、二次的人格が主人格ということになります。
ですから、最初の受診の際にあらわれた人格が、実は基本人格ではなく二次的人格だったというケースも珍しくありません。
ストレスが引き金になって人格交代
人格交代は、何らかの情緒的ストレスが引き金になって発生します。それは意識的に、時には自然発生的に別の人格へスイッチがはいります。
たとえば、人格交代のスイッチがはいると、一瞬、うつろな状態になり、一種のトランス状態になり、時には演技かと思えるように意識消失発作があらわれます。意識消失と言うのは、首の後屈や失立(立つことができない状態)、強直けいれん発作、叫びなどの症状です。
中には、数分間に10人近くの人格交代がおこることもあります。これは、人格間のバランスが崩れて、それぞれの人格が我先に支配権を握ろうとする状態で、「ポップアップ」と呼ばれる状態です。
16歳の少女の症例
男性教師との関係がきっかけで解離性同一性障害になった16歳の少女の症例報告です。彼女は、最低でも4種類の人格をもっています。
一つは、主治医に対して好もしい感情を抱いている人格です。この人格があらわれているときは、主治医に対して甘えるような態度をとりますが、嫌悪や不信を抱いている人格のときは、攻撃的で暴力的になります。
このほかに抑うつ感情をもつ人格のときは、自傷行為を繰り返します。この3つの人格のほかに、明るくて積極的な人格も持っていました。
精神科の病院で、入退院を繰り返したのち、1年8か月後に症状が日常生活に支障を来さないように落ち着きました。
解離性障害の治療
精神分析的心理療法
解離性同一性障害の治療で用いられているのが、ワークスルーと呼ばれる精神分析的心理療法です。先に紹介した16歳の少女もこのワークスルーを何回も受けて立ち直ったと報告されています。
この療法では、抑圧された葛藤に対する解釈を行い、洞察を求めます。しかし、そのあともなお解釈に対抗する抵抗が反復して現れます。その抵抗を排除するために解釈と洞察を繰り返していきます。
この繰り返し行う過程が、「ワークスルー」と呼ばれるものです。ワークスルーでもっとも大切なことは、分析過程において患者自身が主体となって自己分析を行うことです。
薬物療法
実のところ、解離性同一性障害に有効な薬はないといわれています。統合失調症と混同されやすい幻覚症状に対しても抗精神病薬もあまり有効とはいえないようです。
しいてあげれば、解離性障害の症状を悪化させているようなうつ症状の抗うつ薬やPTSDなどに用いられる精神安定剤などの処方が行われます。
家族のサポート
解離性同一性障害の患者の多くは、その病態を信用してもらえないという悩みを抱えています。演技ではないかと誤解されることが少なくないのです。このことが、症状を悪化させている面も見逃せません。
家族をはじめとする周りの人が、この特異な症状を理解し、協力することも重要です。
信頼関係を築くこと
複数の人格に支配され、振り回され、自傷行為に走るばかりか、家族や周りにも面倒を及ぼす解離性同一性障害は、実に厄介な精神疾患です。現在のところ、有効な治療法としては、ワークスルーという精神分析的心理療法しかありません。
すでに述べているように、ワークスルーは、最終的に患者本人が主体的に自己と向き合い、正しい自己洞察に至ることを目指すものです。そのためには、さまざまな人格に振り回され、葛藤のもまれる患者を見守り、医療スタッフはもとより家族が忍耐強くサポートして、信頼関係を築くことが何より求められるところです。
症例を見てみると、原因は強いストレスがきっかけである。治療法はワークスルーを患者自身にしてもらう。そのためには患者自身と医療スタッフ・患者さんの周りのサポートなど信頼関係を結び人間関係を上手く築くことが必要。
解離性障害の診察承ります
解離性障害の専門医が在籍している下記医療機関で診察を承ります。
鈴泉クリニック
溜池山王駅・国会議事堂前駅を出てすぐ近くの精神疾患診療を行うクリニック。うつ病、統合失調症、適応障害などの精神疾患診療、不登校、不適応、ひきこもりなど幅広く対応しています。
解離性障害の専門医「岡野憲一郎」が在籍。初診予約は大変混み合いますのでまずはお問い合わせください。
診療時間
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