日常生活の中で、私たちはしばしば怖い目にあいます。それは、不気味な人であったり、動物であったり、危険な状況であったり、と怖い目の内容は様々です。
それはまた、話せばみんなが「わかる、わかる」と頷いてくれるような正常な恐怖です。ところが、話しても「どこが怖いの?」と首をひねるような恐怖感を持っている人がいます。そうして、その恐怖感が強いあまり、日常生活に支障をきたす人たちがいます。
恐怖症という名でよばれる一群の人たちがそれです。
目次
「恐怖」は対象が明確な「恐れ」
精神疾患の中に不安障害と呼ばれるカテゴリーがあります。恐怖症は、不安障害に含まれる精神疾患です。
「特定の対象への恐れ」が「恐怖」
不安に襲われる。恐怖に襲われる。どこが違うのでしょうか。不安が先鋭化したのが恐怖でしょうか。精神医学では、不安と恐怖は以下のように明確に区別されています。
<恐怖は、はっきりとした外的対象のある恐れの感情>
身体面にも影響が出る
恐怖症とは、具体的な事柄や特定の状況に対して恐怖を抱き、異常な反応を示す症状です。他人から見ると、その人の恐怖感はどう考えても不釣り合いで、不可解に思えますが、当人は体がすくむほどに怯えています。
そうして、震えや発汗、めまい、動悸、嘔吐などの身体症状が伴い、パニック発作が起こることもあります。身体症状を伴う強度の恐怖、これが恐怖症です。
恐怖の対象を避けるようになることも
恐怖症の人は、恐怖の元となる特定の場所や物を避けるようになります。恐怖の対象を回避すれば、恐怖症の症状はあらわれません。
しかし、それを回避すると日常生活に支障をきたすような恐怖症もあります。例えば、広場恐怖症。これは、電車の中や人ごみの中にいるとパニック発作が起こるのではないかという恐怖にとりつかれた疾患です。こうなると、通勤通学がままならなくなります。
原因はよくわからないこともある
恐怖症の原因には、以下に挙げるような要因が考えられていますが、原因不明の恐怖症もあります。
●体質的要因:ノルアドレナリン性神経細胞やベーター受容体といった脳内細胞や神経とかかわりがあるのではないかと考えられています。
●潜在意識:人間の潜在意識は、肯定的想念と否定的想念の二つの側面がありますが、否定的想念が異常に強く持っているのではないかと考えられています。
このほかに、神経が細やかで、まじめで誠実な性格の人が恐怖症になりがちだといわれることがありますが、これは医学的な根拠がありません。
恐怖の対象は様々
高所恐怖症や対人恐怖症というのは、普通の人でも理解しやすい恐怖症です。というより、どこか身に覚えのある恐怖症といってもいいでしょう。
ところが、花を怖がる恐花症や数字恐怖症のようにアッと驚くような恐怖症もあります。100人いれば100の恐怖症と言われるほどです。
恐怖を伴う疾患
精神疾患に含まれる恐怖症は、大きく広場恐怖症、社会恐怖症、特定の恐怖症の3つに分類されます。以下、この分類に従って、主な恐怖症を説明していきます。
広場恐怖症
広場恐怖症は、パニック障害から派生した二次的な恐怖症です。体の調子が悪いわけでもないのに、突然、理由もなく、激しい不安に襲われ、動悸やめまいがしてきて、脂汗がたらたらと流れる。息がつまるようで、吐き気もする。気が付くと手足が震えている。ひょっとしたらこのまま死ぬのではないか・・・。
これがパニック障害の典型的な発作です。パニック発作は、予兆もなく唐突に起きます。いったん発作を経験すると、また起きるかもしれないという「予期不安」にとらわれます。
このような不安があるために公共交通機関や広い場所や人ごみ、あるいは閉ざされた場所を避けるようになり、こうした状態が6か月以上持続すると、広場恐怖症と診断されます。
広場恐怖症とは、乗り物、人混み、行列に並ぶこと、橋の上、高速道路、美容院、歯医者、劇場、会議など、特定の場所・空間が対象となる恐怖症です。
社会恐怖症
人前で発言したり、会議の席に連なったり、会食したりするときに襲ってくる恐怖です。人々から注視されることが怖いのです。
なぜ怖いのかといえば、バカにされるのではないか、汚いと思われるのではないか、好きでないと判断されるのではないか、相手に迷惑がかかるのではないか、その結果拒絶されるのではないか、ということを極度に恐れているからです。
恐怖を感じると、顔が赤くなったり、手が震えたりします。発汗、凝視、言葉に詰まる、頻尿などの身体症状もあらわれます。
社会恐怖症は、社交恐怖症とも呼ばれますが、コミュニケーションの場において発生する恐怖です。この中にはさらに下位分類の恐怖症がありますが、よく知られているのが対人恐怖症です。
対人恐怖は、人の前で話すときに極度に緊張し、手足が震え、声がかすれるなど、失敗や恥をかくことに対する 異常な恐怖です。恥じに敏感な日本社会では、他国に比べると、人目を気にする傾向が強い。だから、対人恐怖が多い、と考えられてきたのですが、最近では、対人恐怖は減少してきています。
つまり、社会の価値観が変わったので、それに対応していた対人恐怖が減ってきたということです。このように、恐怖症は、その人が帰属する社会の慣習、文化などの影響を受けるだけでなく、社会の変化に伴って消失したり、新たに生まれてきたりする社会性の強い精神疾患のひとつです。
参考までに、社会恐怖症に含まれる下位分類の恐怖症のいくつかを列記しておきます。
●赤面恐怖症:人前で顔が赤くなっているのではないかと思ってしまう恐怖。
●表情恐怖症:自分の表情が気になってしまう恐怖。
●笑顔恐怖症:人前では顔がひきつって自然に笑う事が出来ない。
●醜形恐怖症:自分の容貌や体が醜いと思い込み、過度の劣等感を抱き対人関係が築けない。
●書痙恐怖症:人前で文字を書くときに手が震えてしまう。
●会食恐怖症 レストランなど、人ごみの中で落ち着いて食事をとる事が出来ない。
●吃音症:人前で話すとどもってしまう。
●多汗症:人前にでると、汗が異常に出てしまう。
●自臭症:そうでもないのに自分の体臭がきついと思い込み、人前にでるのを脅える。
●唾恐怖症:つばを飲み込むときの音が人前で気になってしまう。
特定の恐怖症
単一恐怖症とも限局性恐怖症とも呼ばれます。文字通り、特定のモノや状況に限定された恐怖症です。
具体的には、犬、猫、昆虫、蛇といった生き物から、植物、食べ物、あるいは高所、閉所などの状況を対象にした恐怖です。中には、蟻恐怖症、チーズ恐怖症、黄色恐怖症、膝恐怖症、ボタン恐怖症、ピエロ恐怖症など不可解な恐怖症もあります。
また、4、13といった抽象的な数字に対する数字恐怖症というのもあります。とにかく恐怖症の種類は多く、最低でも500以上あるとも言われています。
あらゆるものが、人によっては恐怖の対象となる、といっても過言ではありません。以下、いくつかの恐怖症を列記しておきます。
●尖端恐怖症:ナイフ、ペン、爪楊枝など、先端が尖った物に対する恐怖
●動物恐怖症:特定の動物を見ることや触れることに対する恐怖。
●文字恐怖症:本の活字を読もうとすると息切れなどの症状があらわれる。
●数字恐怖症:特定の数字を見るとわき起こる恐怖。
●恐花症:花を見たりしたときの恐怖。花弁や茎など一部も恐怖の対象になる。
●チーズ恐怖症:チーズの匂いだけでなく、見ただけで恐怖に襲われる。
●黄色恐怖症:黄色の物に対する恐怖。言葉を聞いただけでも恐怖に襲われる。
●風恐怖症:強い風が少しでも吹くと、恐怖のあまり呼吸が荒くなって過呼吸になる。
●ヒザ恐怖症:ヒザ見ることに対する恐怖。るいは、ひざまずくという行為に対する恐怖。
恐怖の解消方法
「慣れ」が重要になる
人は身の危険を感じた時に恐怖に襲われます。正常な恐怖は、生きて行くために不可欠の感覚です。ところが、恐怖症の人にとりついた恐怖の中には、身の危険と無関係の恐怖があります。
このような場合、何回も、徐々に接触していき、慣れることで恐怖を克服することができます。これを応用し、体系化したのが後で触れる精神療法です。
避けつづけてもよいこともある
恐怖の対象から避け続けても、なんら日常生活に支障のない恐怖もあります。恐怖の対象に出会ったら、逃げるが勝ちだと思っていれば、無理して恐怖を克服することもないでしょう。
とはいえ、普通の人には不可解な恐怖を抱くということ中に、ある種の異常性も感じられますから、気になるようであれば、心療内科や精神科に相談するのもいいでしょう。
医療機関での治療も効果的
とはいえ、恐怖症はなかなか精神科を受診しにくい病気です。しかし、身体症状を伴う症状があらわれ、日常生活に支障をきたすようであれば、ためらうことなく受診することをお勧めします。
恐怖症の中には、うつ病やアルコール依存症など合併症を伴いやすいという危険な因子が含まれていますから、早期に治療に取り組むことが重要です。
治療の基本は精神療法
恐怖症の治療は、精神療法が基本です。精神療法には、認知行動療法と暴露療法があります。
認知行動療法は、間違った認識によって陥っている思考のパターンを客観的思考へ修正する療法です。暴露療法とは、一種のショック療法で、回避しようとする恐怖とあえて向き合い、恐怖に慣れさせる療法です。
一例をあげれば、広場恐怖に対して、不安の度合いを段階づけて、容易な段階から一つ一つステップアップしていきます。具体的には、一人で電車に乗れない場合は、はじめは家族同伴で乗り、次に家族は別の車両に乗り、次は一人で1駅だけ乗ってみる、というものです。
こうした小さな成功体験を積み重ねることで、自信をつけ、不安を払しょくしていきます。このほか、気持ちの落ち込みが強い場合、抗うつ薬などの薬物療法が用いられることもあります。
克服する際は無理をしすぎない
恐怖症の人は、自分の恐怖が他人からみれば、不可解で、異常な恐怖だということを自覚しています。にもかかわらず、恐怖がとまりません。
それだけに悩みも深く、克服への思いも強いのですが、急いだり無理をするのは禁物です。かえって恐怖が募るという悪循環に陥るケースも見られます。
日常生活に困るような恐怖であれば、専門の医療機関で受診されることをお勧めします。