外出の途中で、ガス栓を閉めたかなという不安な思いが脳裏によぎり、立ち止まって思い返すという経験は、決して珍しいことではありません。不安なので、家に戻って確かめたということがあっても、とりたてて心配することもありません。
ところが、外出するたびにガス栓をしめたかどうか不安になって家に戻る。再び出かけたものの、今度は部屋のカギを締めたどうか不安になってまた戻る。そうして、外出のたびにこうした不安が脳裏によみがえり、行ったり来たりするようになると、これは強迫性障害の可能性が高くなります。
強迫性障害は、不安障害に含まれる代表的な精神疾患の一つです。
目次
不合理な考えが意思に勝る「強迫」
欧米では、精神科外来に通う患者さんのうちの9%が強迫性障害であるということです。日本の場合、4%前後という報告があります。
日本は欧米に比べて半分以下ですが、これは強迫性障害を性格のせいだと思い込んで受診しない人がいるからだと考えられています。また、日本では精神科の敷居が高いという事情もあります。
日本も欧米並みに、全人口の比率からいえば、1~2パーセントが強迫性障害と考えるのが妥当でしょう。赤ちゃんから老人までも含めて1~2%というのは、決して低い割合ではありません。
自分の頭に勝手に浮かぶ観念が原因
「強迫」を辞書で調べると「無理じいすること」とあります。では、誰が無理強いするのかと言えば、自分の頭の中に居座った「強迫観念」です。
この強迫観念に呪縛されて、これを打ち消そうとするのが「強迫行為」です。参考までに、「脅迫」とは、「他人を恐れさせる目的で、害悪を加える意思を示すこと」です。同じ「きょうはく」でも意味が全く違います。
強迫観念
強迫観念というのは、本人の意思と無関係に頭に浮かぶ不快感や不安感を生じさせる観念です。それは、誰にでもみられる観念ですが、普通の人はたいして気にせずやりすごします。ところが、強迫性障害の人は、それが強く感じられ、長く続きます。
また、単語や数字のようにそれ自体にはあまり意味のないものが執拗に頭に浮かぶこともあります。
強迫行為
強迫行為というのは、不快な存在である強迫観念を打ち消そうとする行為です。たとえば、手にバイ菌がついているという強迫観念を打消し、振り払うために手の肌が荒れるくらい何回も手を洗う行為が強迫行為です。
それが、不合理で、不毛な行為であるとわかっていてもやめられません。強迫性障害とは、この強迫観念と強迫行為がセットになった精神疾患です。
ストレスが引き金に
発症の原因としては、脳内の特定部位の障害やセロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質の神経系における機能異常が推定されています。
このほか、性格、生育歴、ストレスや感染症などの要因が関係しているとも考えられていますが、完全に解明されているわけではありません。
ストレスフルな環境が引き金になって発症するとケースがみられますが、特別なきっかけなしに、徐々に発症するケースもあります。
他者を巻き込むこともある
強迫性障害の患者さんの多くは、自分が抱える強迫観念が、理不尽で、不合理なものであることを自覚しています。そのために、人知れず思い悩み、恥じらい、場合によっては、罪の意識を持っています。
そのために、強迫観念や強迫行為を家族や友人たちにも隠し、弁明のための不合理な理由付けをしているケースが少なくありません。
しかし、自分自身で処理しきれなくなると、家族に強迫行為を手伝わせようとする場合があります。これが「巻き込み」と呼ばれるものです。
脅迫障害の種類
戸締りを何十、何百回と確認してしまう
もしかしたらちゃんと戸締りできていないのではないかいう強迫観念。あるいは、ガスの元栓はちゃんと閉めたのかという強迫観念。
このタイプの脅迫観念を「確認脅迫」といいます。確認脅迫に捉われて、何度も戻ってきては執拗に確認します。
手をいつまでも洗い続けてしまう
手の汚れや体の汚れが気になり、何度もシャワーや風呂で洗わないと気が済まないのが、「不潔脅迫/洗浄脅迫」です。
不潔とされるものに手が触れるのを恐れるあまり、清掃することができず、かえって部屋が不衛生な状態になることもあります。
家をごみ屋敷にしてしまう
物を捨てることができない強迫障害で、「保存強迫」と呼ばれます。もしかしたら、捨てようとしているものは二度と手に入らない貴重なものかもしれない、大切なものを間違って一緒に捨ててしまうかもしれないという強迫観念を払しょくできないのです。
このために、ごみを捨てずにため込まれた家は、ごみ屋敷になってしまいます。
特定の言葉や数字を避ける
ある言葉や縁起の悪い数字を口にしたり、接したりすると何か悪いことが起こるかもしれないという強迫観念で、「縁起強迫」と呼ばれます。縁起を担ぐことは普通の人でもあることですが、それが過度の思い込みとなり、強迫観念に苛まれます。
また、ある種のおまじない的な特定の行為を行わないと病気になったり、不幸な出来事がおこるのではないかという強迫観念に苛まれることもあります。
きちんとモノが収まっていないと気になる
机の上にモノが自分で定めた位置にきちんとおさまっていないと気になってしょうがない。あるいは、本棚の本の並びにデコボコがあると直さずにはいられない。
整理の度合いがより先鋭化した強迫観念で、「不完全恐怖」と言われます。
その他の強迫障害の種類
その他にも他人に危害を加えてしまうのではないかと恐れる「加害恐怖」、自分自身や他人から危害を加えられてしまうのではないかと恐れる「被害恐怖」。重度の疾病に恐れる「疾病恐怖」、自殺をしてしまうのではないかと恐れる「自殺恐怖」など様々な種類があります。
強迫の解消方法
解消法には、自分で治す自前の療法と専門の医療機関で治療に取り組む二つの方法があります。
強迫行為を我慢する
強迫観念が強迫行為を無理強いするのをじっと我慢する・・・。言うは易く、行うは難しい自前療法で、誰でも実行できるというわけではありませんが、我慢する、そして徐々に慣れさせる、という方法があるということは、頭の片隅に留めておいてください。
無理をせず、自前では手におえないとわかったら、素直に降参して、専門の医療機関にお任せするのが、賢明でしょう。
ストレスはなるべく減らしておく
ストレスが強迫性障害の引き金となることがあります。
ストレス解消が強迫観念の解消に直接つながるわけではありませんが、ストレス環境を改善することは、治療に取り組む前の大前提であるということを忘れないでください。
医療機関にかかる
強迫観念は、誰にでも存在します。心配性の人などは、強迫障害一歩手前の人といえるでしょう。
問題は、その強度です。強迫観念が度を超えて強くなり、日常生活にも支障をきたすようになったら、強迫性障害というれっきとした病気ですから、専門の医療機関にかかって治療に取り組みましょう。
精神療法に加えて薬物療法も行われる
医療機関で実施される治療の多くは、精神療法の中の暴露反応妨害法で実施されます。これは、回避したり、隠していたりする強迫観念に向き合い、直面化し(曝露法)、不安を軽減するための強迫行為をあえてしないこと、我慢すること(反応妨害法)を継続的に訓練する治療法です。
直面する方法は、イメージを用いて行うものと現実場面に身をおいて行う二つの方法で行われます。主に恐怖症や不安障害などに用いられる精神療法のひとつですが、これらの刺激に向き合うことで、刺激に慣れ、不適切な反応を示さなくなります。症状の特性に応じて、SSRI(フルボキサミン、パロキセチン)などの抗うつ薬を用いた薬物療法も行われます。
治療すれば治る病気
強迫観念は、誰にでも身に覚えのことですから、どこかでこの病気を軽く見る傾向があります。また、自分は心配性だからと言い聞かせて、病気と認めたがらない人も少なくありません。
強迫性障害は、精神疾患の入り口に位置する病気だいわれています。度を越した強迫観念に苛まれ、日常生活に支障をきたすようであれば、早めに治療に取り組みましょう。強迫性障害は、治療すれば治る可能性の高い病気ですから、なおさらのことです。