広場恐怖症、対人恐怖症、高所恐怖症、閉所恐怖症、赤面恐怖症、ボタン恐怖症などなど実に様々な恐怖に怯え、生活に支障をきたしている人たちがいます。
100人いれば100人の恐怖症と言われるくらい恐怖症は多岐に渡り、多彩な疾患です。今回は、その中でより多くの人が抱え込んでいる代表的な恐怖症を取り上げて、その克服法も含めて紹介していきます。
目次
そもそも恐怖症ってなに?
沢山の種類がある恐怖症は、「不安障害」と呼ばれる精神疾患に含まれる疾患群です。最近、何かと話題になる「PTSD(外傷後ストレス障害)」や「パニック障害」も不安障害に含まれる疾患です(図1参照)。
そこでまず、不安障害から説明します。「不安障害」というのは、不安を主症状とする精神疾患群をまとめた名称です。図でも明らかなように、その中には「恐怖症」のように特徴的な不安症状を呈するものや、トラウマ体験が引き金なったものや、体の病気や物質によるものなど、様々なものが含まれています。
この不安障害に含まれる恐怖症は、具体的な事柄や状況に対して独特の恐怖感を持ち、心理的、生理学的に極めて異常な反応を示します。
普通の人からみれば、やり過ごせるくらいの危険や不安に対して、不可解なほど脅えます。症状が重くなると、震えや発汗、めまい、動悸、嘔吐などの症状があらわれてきます。
【図1 不安障害と下位分類】
引用:パニック障害・不安障害|疾患の詳細|専門的な情報|メンタルヘルス|厚生労働省
大きく三つに分けられる
数百種類ともいわれる恐怖症ですが、一般的には、「広場恐怖症」、「社会不安障害(社会恐怖症)」、「単一恐怖症」に分類されます。
■ 広場恐怖症
パニック発作を起こした経験のある人にみられる恐怖症です。体の調子が悪いわけでもないのに、突然、動悸やめまいがしてきて、脂汗がたらたらと流れる。息がつまるようで、吐き気もする。気が付くと手足が震えている。ひょっとしたらこのまま死ぬのではないか・・・。
これがパニック障害の典型的な発作ですが、いったん発作を経験すると、また起きるかもしれないという「予期不安」に囚われ、また発作を起こしたら、逃げ出せないのではないか?助けを求められないのではないか?という恐怖感から電車やバスの中や人ごみを避けるようになります。これが、広場恐怖症です。
なお、ここでいう広場と言うのは、駅前広場というような具体的な広場をさすのではなく、発作が起きたら恥ずかしいとか、一人でいれば助からないかもしれないと思われる場所や状況の比喩的表現です。
具体的には、乗り物、人混み、行列に並ぶこと、橋の上、高速道路、美容院、歯医者、劇場、会議などがここでは広場に該当します。こうなると、日常生活や仕事に支障を来すようになります。サラリーマンは、電車での通勤や出張が難しくなり、主婦は買い物などが出来なくなります。
■ 社交不安障害
社交不安障害というのは、対人恐怖症、あがり症、赤面恐怖、視線恐怖などに代表される恐怖症です。社交不安障害は、日本人に多いとされる障害ですが、人前に出ると過度に緊張して思うように話が出来なくなってしまう(対人恐怖)とか、顔が赤くなってしまう(赤面恐怖)とか人の視線が気になってしまう(視線恐怖)、といった症状です。
不安と緊張から動悸のみだれ、吐気、発汗といった症状があらわれます。こうなると、人前で注目されるような場面を避けるようになります
■ 単一恐怖症
単一恐怖とは、文字通り、ある特定の一種類の対象に対する恐怖症です。たとえば、犬、猫、昆虫、蛇といった生き物から、植物、食べ物、あるいは高所、閉所などの状況を対象にした恐怖です。
狭い空間に閉じ込められたり、蛇を首に巻きつけられたりされえると、それが恐怖の対象であれば、血の気が引いて、冷や汗が出てくるような極度の恐怖に駆られ、場合によっては、パニック発作を起こすこともあります。犬や猫など身近な生活の中にいる生き物が恐怖の対象であれば、外出もままならなくなってきます。
単なる「怖がり」ではない
恐怖というのは、人間、誰しも持っている感覚です。それはまた、人間が危険を回避するために必要なものでもあります。むしろ、恐怖感を持たない人は、危険なことに無頓着になりますから、これはこれで問題です。
恐怖症というのは、他の人にとっては危険でもなんでもないようなある特定のモノや状況に対して過度の病的な恐れを抱く症状です。単なる「怖がり」ではありません。
生活に深刻な支障が出ることも多々ある
閉所恐怖症でエレベーターに乗れない人がいます。会社のオフィスが高層ビルの高いフロアーにあれば、毎日階段を上ったり下りたりしなければなりません。これでは、仕事に大きな支障が出てきます。
猫に対する恐怖症がある場合、猫が近くにいると不安になり、体に触れようとしようものなら、悲鳴をあげることもあります。それ以外は、問題がないのです。
こうなると、なるべく猫を避けようとします。これが重なってくると、恐怖が強まり、猫と遭遇しないような状況を避けることに全精力を使うようになります。
本人には、実際は危険でもなんでもないと頭では分かっているのですが、それでもコントロールができません。その結果、日常生活や仕事や人との付き合いが段々億劫になり、部屋に閉じこもって、普通の生活ができなくなっていきます。
原因が不明なこともある
恐怖症の根っこにある不安障害の原因については、まだ十分に解明されていません。過去の衝撃的な経験がトラウマになって広場恐怖にとりつかれたという説明可能な原因もありますが、怖くなる理由が全くわからないという人も少なくありません。
たとえば、ボタン恐怖症だとかチーズ恐怖症など、本人がいくら説明しても他人は首をひねるばかりでしょう。そのことで、本人はひどく苦しんでいたりするのですが・・・。
ただ、脳の研究が進んできた近年では、脳内神経伝達物質系が関係する脳機能異常(身体的要因)である、という説が有力になってきています。
恐怖症になる人の割合は?
2002年から2003年の間に川上憲人博士を中心に実施された調査によれば、不安障害の分類に帰属する有病率(過去12か月間)は4.8%です。このうち、単一恐怖症に該当する特定恐怖症は2.7%です。
ちなみに、パニック障害は0.5%、全般性不安障害は1.2%、社交不安障害は0.8%、PTSDは0.4%だと報告されています。
あらゆるものが恐怖の対象になりうる
高所恐怖症、閉所恐怖症、尖った者に対する先端恐怖症、赤面恐怖症、動物恐怖症というのは、広く知られている恐怖症です。これらは、恐怖症とまで行かなくても、「自分にもその気があるような・・・」という人も少なくないのではないでしょうか。
ところが、恐怖症の中には、「そのどこが怖いの?」と首をひねりたくなるような不可解な恐怖に怯えている人がいます。あらゆるものが、人によっては恐怖になりうる、といっても過言ではないのです。
500種類以上もある恐怖症
不可解な恐怖症のいくつかを列記してみます。蟻恐怖症、チーズ恐怖症、黄色恐怖症、膝恐怖症、ボタン恐怖症、ピエロ恐怖症・・・。
まだまだありますが、きりがないのでこのへんにしておきますが、恐怖症の種類は多岐に渡っています。ある専門家は500種類以上と述べられていますが、最低でも500種類の恐怖症が存在し、世のなかの変化に対応して新しい恐怖症も誕生しています。あらゆるものが、人によっては恐怖になりうる、といっても過言ではないのです。
数字が怖いこともある
恐怖症の人たちの恐怖の対象の多くは、目に見える特定のモノ、あるいは特定の場所ですが、中には抽象的な数字が対象となる数字恐怖症というのがあります。
例えば、4、13という数字に対する恐怖は、代表的な数字恐怖症です。4という数字は「死」に通じるところから、日本、中国、韓国などの漢字文化圏では不吉な数として敬遠されがちですが、恐怖症ともなると、4を見るだけで強く恐怖を感じ、4に対して極端な回避行動が見られます。
一方、キリスト教文化圏では、13という数字は最強の忌み数とされています。この13という数字に異常な恐怖をしめすのが、13という数字恐怖症です。
文化圏による差もある
キリスト教圏で13という数字が忌み嫌合われるのは、キリストを売った裏切り者ユダの代名詞でもあるからです。したがって、キリスト教と無縁の文化圏では、恐怖の対象とはなりえない、ということになります。
日本では、不安障害の中では、対人恐怖症が多いといわれてきました。これは、日本人は人目を気にして、恥を重視する文化に由来するからだとされています。
ところが、最近では、対人恐怖は減少してきています。つまり、社会の価値観が変わったので、それに対応していた不安障害の一つが減ってきたということです。
このように、恐怖症はその人が帰属する社会の慣習、文化などの影響を受けるだけでなく、社会の変化に伴って消失したり、新たに生まれてきたりする社会性の強い精神疾患のひとつです。
比較的メジャーな恐怖症
良く知られたメジャーな恐怖症のいくつかを簡単な表にまとめてみました。
対人恐怖症:人の前で話すときに極度に緊張し、手足が震え、声がかすれる。失敗や恥をかくことに対する 異常な恐怖。
赤面恐怖症:人に見られている、という状況で緊張や不安で顔が赤くなるのが赤面症。これが高じて、また赤面するのではないかという不安が強くなり、人前にでることに対して恐怖を感じるようになる。
高所恐怖症:高い場所に登ると、たとえそこが安全な場所であっても、落ちてしまうのではないかという不安と恐怖に包まれる症状。
尖端恐怖症:ナイフ、ペン、爪楊枝など、先端が尖った物に対する極度の恐怖。
動物恐怖症:犬や猫に噛まれるかもしれないと思うだけで不安になりパニックを起すような症状。特定の動物を見ることや触れることに対する恐怖。
電話恐怖症:電話をかける恐怖、電話や携帯に出る恐怖、話しているのを人に 聞かれる恐怖。
比較的珍しい恐怖症
今度は、どこが怖いの?と首をひねりたくなるような不可解な恐怖症のいくつかを紹介します。
恐花症:花を見たり、考えたりすることへの強い不安。花弁や茎など一部も恐怖の対象になる。
チーズ恐怖症チーズの匂いを嗅いだだけでなく、見ただけで強い不安に襲われる。
黄色恐怖症:黄色の物に対する恐怖。「黄色」という言葉を聞いただけでも強い不安を感じることがある。
風恐怖症:強い風が少しでも吹くと、呼吸が荒くなって過呼吸になったりする症状。
ヒザ恐怖症:ヒザそのものを見ることに対する恐怖あ。るいは、ひざまずくという行為に対する恐怖。
醜形恐怖症:自分の体や顔などを必要以上に醜いと思い込み、悩み続ける精神障害。公衆の場に行くのが怖くて、行こうとすると動悸などの発作が現れる。
医療機関での治療・克服も可能
専門の医療機関では、恐怖症の克服のための治療法が用意されています。日常生活に支障をきたすような状態になったら、医療機関での治療・克服に取り組んでください。
問題が大きければ医療機関へ
恐怖の対象に近づかなければ、恐怖症は発症しません。とはいえ、よほど稀有なモノに対する恐怖を除けば、日々の生活や職場の活動空間の中でに否応なしに怖いモノと遭遇し、コワイ場所を通過しなければなりません。
特に対人恐怖や広場恐怖などは、これを避ければ日常生活に支障をきたすことになります。そこで、精神科の医療機関で恐怖退治に取り組むことをお勧めします。
精神療法が主に行われる
医療機関では、主として精神療法(認知行動療法)による治療が行われます。これは、間違った認識によって陥っている思考のパターンを客観的思考へ修正すると同時に、回避しようとする恐怖とあえて向き合うという療法です。
一例をあげれば、広場恐怖に対して、不安の度合いを段階づけて、容易な段階から一つ一つステップアップしていく段階的暴露療法があります。
具体的には、一人で電車に乗れない場合は、はじめは家族同伴で乗り、次に家族は別の車両に乗り、次は一人で1駅だけ乗ってみる、というものです。
こうした小さな成功体験を積み重ねることで、自信をつけ、不安を払しょくしていくという療法です。また、高所恐怖症の暴露療法では、ビルの窓から外をのぞいてみたり、ガラス張りのエレベーターに乗ってみたりして、徐々に恐怖の対象を段階的に克服していきます。
対人恐怖の場合は、敢えて人前でスピーチを繰り返し、その状況に心身とも慣れることを目指すショック療法的な方法も取り入れられています。
薬を用いることもある
個人個人の病状によっては、薬物療法も用いられます。例えば、気持ちの落ち込みが強い場合は、抗うつ薬、不安症状が強い場合は抗不安薬が投与されます。
しかし、恐怖症の治療の基本は精神療法です。恐怖症で精神科の医療機関に足を運ぶのは、少し気が引ける、という人がいますが、放っておくとうつ病やアルコール依存症などへ移行するケースもすくなくありません。
日常生活に支障をきたすような恐怖症は、れっきとした病気です。一日も早く医療機関に相談し、治療に取り組み、治る可能性の高い恐怖症退治に取り組まれることをお勧めします。