厚生労働省の統計によると、日本におけるうつ病の12カ月有病率(過去12カ月に経験した者の割合)は1~2%、生涯有病率(これまでにうつ病を経験した者の割合)は3~7%です。
欧米(1~8%,3~16%)に比べると低いものの、近年、著しい増加の傾向にあります。女性の有病率は男性の2倍と高く、日本では中高年の頻度が高く、社会経済的な影響も大きく、うつ病は一つの社会問題になってきています。
うつ病は、主として薬物療法によって治療が行われていますが、最近では運動療法が注目されています。
目次
そもそもうつ病とは
憂うつで気分が落ち込む、すべてがむなしく思えてきて何となく悲しくなる、などという気分が長期間持続し、思考や意欲といった精神機能までが低下した状態を抑うつ状態といいます。
こうした抑うつ状態が長く持続すると、うつ病の可能性が考えられます。うつ病は、精神的ストレスや身体的ストレスが重なることなどが原因で起こりますが、専門的には脳に機能障害が起きている状態です。
脳がうまく働かないので、考えることが出来なくなったり、ものの見方が否定的になったり、あるいは自分を責める自責念慮とよばれるような症状もでてきます。
原因はストレスが大きい
典型的なうつ病とされるのは、うつ状態が一定期間持続する内因性うつ病(後述)です。治療しなくても軽快するといわれるところから、うつ病性挿話とも呼ばれます。
挿話-。ちょっと耳慣れない言葉かもしれませんが、精神症状のない状態から精神症状のある状態になり、また精神症状のないものへと回復する場合、精神症状のある期間を「挿話」と呼びます。
ただし、うつ病性挿話は治った後も再発することがあります。うつ病性挿話は、働きすぎや対人関係のトラブルなどの強いストレスが引き金になるとされていますが、何も原因となることがないまま起こる場合もあります。抑うつ状態が長期間続くと、本格的なうつ病になりますが、これは大うつ病と呼ばれます。
とにかく憂うつで意欲が出ない
憂うつで気分が重い、悲しい、不安だ、元気がない、イライラする、好きなこともやりたくない、集中力がない、物事を悪い方へ考える、死にたくなる、眠れない・・・。
これは、うつ状態になった本人の自覚症状ですが、周りの人から見ると、表情が暗くなり、涙もろくなり、反応が遅くて落ち着きがないように見えてきます。
いずれにしろ、とにかく、憂うつで、何をする気も起らず、外出はもとより、入浴や歯磨きすら億劫になってきます。
身体的な症状も
精神的な変調ばかりではなく、身体的にも様々な不調が目立ってきます。たとえば、食欲がない、性欲が起こらない、体がだるい、疲れやすい、頭痛、動悸、めまいがする、胃の不快感、便秘、口が渇くなどがそれです。食欲不振になった結果、体重が減少したりします。
うつ病にも実はいくつかの種類が
うつ病は、その原因を基準として、以下のように分類されます。典型的なうつ病とされるのは、内因性うつ病です。
治療しなくても一定期間内によくなるといわれますが、本人の苦しみや自殺の危険などを考えると、専門の医療機関に相談し、早く治療に取り組むべきでしょう。
アルツハイマー型認知症などの脳の病気
内因性
うつ病性挿話とも呼ばれる典型的なうつ病
心因性/性格環境因性
抑うつ神経症など
なお、うつ病以外にも、鬱(うつ)の反対で、気分が高揚する躁(そう)があらわれる「躁うつ病」、好きなことだけは楽しめたりする「非定型うつ病」、身体症状ばかり目立つのでなかなかうつ病であると気づきにくい「仮面うつ病」などのうつ病があります。
うつ病には運動療法?
うつ病の治療は、抗うつ薬などを投薬する薬物療法とカウンセリングなどによる精神療法を併用して行われますが、うつ病になじまないように思われる運動もまた、症状の改善に効果があるといわれています。
医学的に効果があるとされている
うつ病の原因はまだ完全に解明されていませんが、最近の研究では、ストレスに晒されると脳の前頭前野・海馬などが萎縮し、BDNF(脳由来神経栄養因子)が低下し、これがうつ病を誘発するのではないかと考えられています。
この説によれば、運動をすると、前頭前野や海馬の体積が増え、血流が増加し、BDNFが増加します。BDNFは、神経の栄養のようなものですから、BDNFが多くなると脳の神経が活性化され、心を安定化させる働きをもつセロトニンやノルアドレナリンなどの分泌が増加し、うつ病の改善を促進するという説です。
また、運動をすると、気分が爽快になり、心地よい疲労感に襲われます。そのことによって、夜の睡眠が深くなるということは、私たちが経験で体感していることです。
運動はほどほどに
では、どんな運動をすればいいのでしょうか。無酸素運動よりも長くゆるめの有酸素運動の方が効果的です。有酸素運動とは、酸素を多く取り入れ、その取り入れた酸素で体内の脂肪を燃焼させるものための運動をさします。
エアロビクス、エアロバイク、ウォーキング、ゆっくりした水泳などは有酸素運動です。無酸素運動とは、基礎代謝を増やす運動で、筋力トレーニング、短距離走などをさします。ただし、有酸素運動でもあまりに長時間やると負担になるので、ほどほどにしておくようにしましょう。
翌日まで疲れが残るような運動はお勧めできません。うつの状態がひどいときは、軽い散歩程度に抑えておきましょう。
ほかの治療方法も同時に考える
運動がうつ病に効果があるといっても、運動だけでうつ病が治るというものではありありません。医師の指示による薬物療法、精神療法、あるいはストレスの元となっている環境調整などが、うつ病を治す本筋です。
無理に運動させるのは厳禁
うつ病は、意欲が減衰していきます。重度のうつ病だとベッドからでることも困難な時があります。そのような状態では運動することは不可能です。
いくら運動が効果的だからと言っても、無理に運動するのは禁物です。運動をすると、BDNFを増加させ、セロトニンの分泌が促進されることを述べましたが、強度が高い運動を行うとBDNFが増加する一方で、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌も促進されてしまう事が分かっています。症状や体調に合わせたほどほどの運動が、運動療法の基本です。
運動療法にこだわらなくていい
運動療法は、うつ病の治療にとって必須科目でありません。運動が出来ない状態であるにも関わらず、まるで義務であるかのように運動に固執するのは逆効果です。
大前提は休養
休養には、二つの側面があります。一つは、「休む」ことです。やすむことで、仕事や日常の活動によって生じた心身の疲労を回復し、ストレスを癒します。
一つは、英気を養い、やる気を回復することです。休養は、うつ病の治療にとっては、自明の大前提です。
薬物療法
うつ病は一般的に抗うつ薬による治療が行われますが、軽症の際は薬の効果がそれほど期待できない場合もあります。
そこで、精神科の医師の診断を仰ぎ、薬との相性を確認しながら治療を受けるようにしましょう。また、抗うつ薬は副作用がでることもあるので、その場合は運動療法を一時ストップします。
いずれにしろ、専門家のアドバイスを受け、正しい治療に取り組むようにしてください。
精神療法
精神療法としては、支持的精神療法、認知療法、対人関係療法などがあります。支持的療法というのは、診療の際に医師が行うもので、病状や悩みを話す患者の側にたって、共感をしめし、患者の感情の発散をはかる療法です。
認知療法は、専門の精神科の医師や心理療法士が行います。これは、病気によって歪んだものの見方(認知)を修正し、悲観的な思考パターンに陥らないように働きかける療法です。
うつ病の大きな要因の一つに、対人関係のトラブルがあります。こうした対人関係のトラブルの解決を目指し、具体的な解決策を模索していくのが対人関係療法です。
その他の治療方法
このほかに、太陽光や人口光を浴びる光療法、頭に電気を通して治療する電気けいれん療法(ETC)などもあります。太陽の光を浴びると、脳の覚醒を促すセロトニンの分泌が活発化します。
セロトニンが心の安定をはかる神経伝達物質であることはすでに述べている通りです。実際、日光が出る時間が減る冬場にうつな気分になる人が多いのは、セロトニンの分泌が少なくなるからだと言われています。
電気けいれん療法は、重いうつ病の患者に施される療法です。ほかの治療法ですべて効果が見られなかった場合に行われます。
より良い治療方法を選ぶことが重要
一口にうつ病といっても、内因性の挿話的なうつ病から本格的な大うつ病まで、さまざまな段階があります。今回は、うつ病の典型とされる内因性のうつ病を意識して、運動療法の効果について述べてきました。
しかし、運動療法は、限定的な療法で、これがうつ病治す決め手、というたぐいのものではありません。うつ病を治すために重要なことは、症状をしっかりと理解し、自分の体質にあった治療法を選択することです。
心の風邪などと言われ、症状が挿話的なところから、軽く見るのは禁物です。医療機関にかかって、早期にしっかりとした治療に取り組むことが重要です。
参考:
・厚生労働省[みんなのメンタルヘルス]
・せせらぎメンタルクリニック[うつ病治療に効果的な運動とは]