高齢者に好きな曲を聞いてもわからない時の対処法~音楽療法に使う曲

高齢者に好きな曲を聞いてもわからない時の対処法~音楽療法に使う曲

こんにちは、サイコセラピー研究所 研究員で音楽療法担当のDr.Chikaです。

前回は、音楽と認知症について、米国で効果が認められ広まっている個別音楽聴取(PML)という方法についてご紹介させていただきました。PMLは、思い出の曲をヘッドフォンで聞く事によって認知症の様々な心理的な症状の改善を期待できる芸術療法のひとつとして注目されています。

今回は実際に日本でPMLを施行する際に、どのような音楽を選ぶべきか、私の勤務する認知症専門の老人保健施設での実践も踏まえて、お話をさせていただきます。こうした選曲過程は、PMLに限らず、高齢者のお好きな曲を考える上でもご参考にしていただけるものと思います。

曲の聞き取りが難しい背景

PMLは、個人の人生の節目で聴いた想い出の曲を聴くことで高い効果が表れるとされています。つまり、どの音楽を聴くのか、という選曲が重要になってきます。

本人やご家族の方から好きだった曲を聞ければ、それが一番効果的です。しかし、それは認知症が軽度の場合に限られます。重度の認知症の方は、「昔好きだった曲はありましたか?」と聞いても、質問に正しく答える事が出来ません。

質問の意味を理解されず「あー、そうですねぇ・・」と言って止まってしまったり、全く違う話を始めたり、具体的な歌手の名前や曲名をあげると、全てに「はい、それです」と答えたり、ご本人からは本当の情報を得る事は難しくなってしまいます。

ご家族から聞き取れればよいのですが、家族背景も様々で協力が得られない場合や、家族がいない場合も多々あります。

私が勤務する認知症専門の老人保健施設でも、曲の聞き取りを行うことが難しく、やっと1,2曲聞き取れたり、曲名はわからず好きな歌手の名前だけを聞き取れたり、まったく聞き取れなかったりといった具合でした。

しかし、PMLは簡単に施行でき、重度の認知症や寝たきりの方にも効果が報告されている方法です。好きだった曲がわからないから実践しない、ということでは施行できる方がかなり限られてしまいます。

そこで、そういった好きだった曲が聞き取れない状況で、どのような曲を選曲したらいいのかを探る方法を検討してみたいと思います。

現在の年齢から若い頃の年代へ遡る

今年は2018年ですが、例えば今年80歳の人は、60年前の1958年に20歳、50年前の1968年に30歳だった計算になります。

思い出の曲の時期の個人差はありますが、仮に20歳から30歳の時に流行った曲について考えるとすると、該当する年は1958年~1968年です。

同様に、今年75歳の場合は1963年~1973年、85歳の場合は1953年~1963年、90歳の場合は1948年~1958年が、20歳から30歳の年に該当します。

現在の年齢により差はありますが、1950年代、1960年代が現在の認知症患者さんの若い頃の中心となる年代と言えそうです。この時代は、インターネットもなく、レコードプレーヤーも価格が高く普通の家庭にはなかなか手が届きませんでした。

音楽を吸収する機会は、どうしても映画や、ラジオ、テレビが中心になっていたはずです。メディアや音楽の嗜好が多様化した現代と比べると、多くの人が共通の流行曲を聞いていたと考えられるのです。

そのため、この時代を中心とした歌謡曲のヒット曲をみていけば、好みは別にしても、重度の認知症患者さんが昔テレビやラジオで聞いた曲にたどりつける可能性は高いといえます。

白黒テレビの放送開始は1953年ですが、本格的にテレビが普及したのはもう少し後で1964年の東京オリンピックが契機となりました。1967年には白黒テレビの普及台数が2000万台を超え、まさに一家に一台の時代を迎えます。

したがって、50年代、60年代の20年で言えば60年代が、中でも60年代後半が重要だと考えられます。大半の高齢者にとって60年代後半は、まだ若く多感であり、かつ毎日居間でテレビを観はじめた時期なのです。

実際に高齢者に確認してみたところでも60年代の曲の方が50年代の曲よりもより馴染みがあるとの実感があり、この時期が重要であるとの仮説と矛盾しません。我々若い世代にとってみても60年代後半あたりから、知っている曲が増えてくるのではないでしょうか。

60年代後半の歌謡曲

現在の認知症の方々はこの時代にどんな曲をテレビやラジオで聞いたのでしょう。この時代に流行った曲を具体的にみていきましょう。

こちらは60年代後半の歌謡曲のヒット曲を、年ごとに数曲ずつ選んで表にしたものです。

実際に曲を選定してみる

現在PMLを実践している入所者の方は、思い出の曲の聞き取りが難しい重度の認知症の方がほとんどで、聞き取れたとして1曲、2曲でれば良いほうです。そのため、どうしてもPMLで聴いていただく曲は、事前に選んだ曲を中心にせざるを得ません。

事前に曲を選ぶにあたっては、各年1曲を目安に、集団のレクにも使えるような楽しい曲やメロディーの綺麗な曲を選びました。まず10曲をリストし、その10曲に加えて、時代は違っているが際立って知られている曲をカラオケの人気曲などを参考にして4曲追加しました。

追加の4曲は、60年代後半より以前の曲2曲(「港町十三番地」、「上を向いて歩こう」)、以降の曲2曲です(「津軽海峡冬景色」、「川の流れのように」)。

事前に選定した14曲に加え、個々人から曲を聞き取れた場合は別途、個別曲としてリストに加えました。

個別曲の分析

これまでみてきたように、認知症の方が昔聞いたことがある曲、共通に認識していた流行の歌謡曲は、現在の年齢からさかのぼることで推測できます。

しかし、個々人の好きな曲、思い出の曲は、当時の流行曲と一致している場合もあれば、違う場合もあります。

実際に、今回聞き取りができた好きだった曲、思い出の曲はどのようなものだったか、まとめた表がこちらになります。

今回の施行で聞き取れた曲で最も多かったのは60年代の曲が最も多く、各年齢層にばらけています。事前に選んだ曲と重複している曲もありますね。60年代前半・後半では大きな差はありませんでした。

次いで多かったのが40年代以前の曲ということになりましたが40年代以前の曲をあげたのはいずれも80歳代の方で、70歳代の方からはあがっていません。一方で70年代以降の曲をあげたのは、70歳代の方が中心で、年齢差が反映しているようです。50年代は3曲のみで少ないですね。

では実際に現在行っているPMLでの曲への反応についてお話ししたいと思います。

事前選定曲への反応

あえて思い出の曲として答えなかった、あるいは答えられなかった方でも、やはり昔聞いたことがある、という方がほとんどだったようです。

ところどころ口ずさんだり、リズムをとったり、無言で聞いていた方にも、「知ってる曲あった?」と聞くと、「あった」と答えていました。

また、ある曲の途中で急に涙ぐむ方もいらっしゃいました。なぜかは聞いてみても思い出せないようでしたが、もしかしたら昔の記憶や感情につながったのかもしれません。

個別曲への反応

事前に聞いて個別に用意した曲ということで、個別曲への反応は概ね良好でした。他の曲の時は黙って聞いていても、個別曲では口ずさむ方・リズムをとる方もいました。

しかし、もともと音楽が好きな方が、好きだったはずの曲を聞いている場合でも、認知症の症状によって、怒りっぽさや拒否がある場合は、症状の方が先に出てしまい、「いつまで聞くんだ」と怒ったり、「聞きたくないです」とヘッドフォンを外したりする場合もありました。

まとめ

以上、PMLで用いる曲の選曲方法について、お話しさせていただきました。

まとめると、

1.好きな曲を聞き取れた場合はその曲を用意する
2.聞き取りが難しい場合は、現在の年齢から逆算した昔の流行曲を用意する。
3.60年代後半の流行曲は、ほとんどの方が知っている
4.反応は認知症の症状の影響も受けるため、予想とは異なる場合もある

今回表にまとめた曲は当時の多くの曲の中の一部ではありますが、当時のヒット曲のランキングなどを参考により多くの方が認識していた曲を用いる方が、その曲を当時聞いていた可能性は高いと思います。

この選曲方法は、現代のようにメディアや音楽の嗜好が多様化しておらず、共通の認識としての流行曲があった50,60年代が現代の認知症の方の若い頃の年代であるからこそ、可能な方法です。

50年後には、共通の流行歌が衰退している世代の方が認知症に罹患する年齢になることが予想され、より一層、個別の嗜好についての聞き取りが重要になってくると思われます。

今回は、実際に日本でPMLを施行する際の選曲の考え方について、お話をさせていただきました。最後までお読みいただきありがとうございました。

Dr.Chika

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